封印解放


「申し分ないですね」
 玄武がそう答えて、他の三人が深く頷いた。

「そうだ。ジンには知らせてくれた?」
 思い出したようにユウヒが言うと、朱雀が振り向きながら頷く。
「えぇ…私が……何かたいそう驚いておられましたが、どうなさったんでしょう?」
「四神に伝言なんていう使いっ走りをさせたんだもん…畏れ多くてびびってたんだよ、きっと」
 連絡には四神を使うと伝えた時の、たじろいだジンの顔を思い出してユウヒは笑った。

 スマルの力の解放について、ジンには場所が確保でき次第連絡するという手筈になっていた。
 それが昨日の今日になったということで、ジンは驚いたのかもしれないという事をユウヒは付け加えた。

「さて、私は見ているだけでいいんだよね? どうすればいいの?」

 ユウヒが訊ねると、スマルの顔にも緊張の色が浮かぶ。
 だが四神はというと特に気負った様子もなく、不安そうにしているスマルに微笑みかけていた。

「では、ここからは我々に任せてもらえますか、ユウヒ」
「うん。じゃ、頼んだよ」

 声をかけてきた玄武に返事をすると、ユウヒはすぐ近くにあった大きくて平らな岩まで退がり、剣を置くと、すぐ横にすとんと座り込んだ。
 それを目で追っていた面々に手を振ると、ユウヒは始めてくれとでも言うように腕を組んで、五人の方をまっすぐに見据えた。

 四神はお互いに頷き合い、玄武がスマルに向かって話し始めた。

「力の解放と言われても、何が何だかわからないと言った顔をしていますね。何も怖がるような事はないですよ、扉の鍵を開けるようなものですから」

「はぁ…」

 スマルが気のない返事をすると、白虎がその背中を勢いよく叩いた。

「大丈夫! スマルは真ん中に座ってりゃいいだけだから」
「そう…なのか?」

 今度は不安そうに言うスマルに、白虎がにかっと歯を見せて笑う。

「そうそう! ちょっと腹の…ちょうど臍の上あたりに何か熱みたいなのを感じるかもしれないけど、それもちょっとあったまる程度だし」

 そう言われて、わけもわからず自分の腹をスマルはさすった。

「まぁ、あれこれここで話していても仕方がない。スマル、我々は四方に分かれて座り、結界を張りますから、あなたはその中央に座っておいて下さい」

「…わかりました。っつか、それだけ、ですか?」

 緊張した様子でスマルが訊ねると、玄武は頷いてまた話を続けた。

「それだけです。黄龍の涙は…」

 スマルが首から提げた勾玉をくいっと服の中から引っ張り出し、それを四神達が確認する。

「では、始めましょう」

 玄武の言葉に他の三人が頷き、それぞれが四方に散らばった。

「へぇ…いよいよか」

 平らな岩の上に胡坐をかいて座っているユウヒが、固唾を呑んでそれを見守る。
 スマルが四人に四角く囲まれた空間の中央に腰を下ろすと、ユウヒはスマルに向かって激励のつもりで軽く手を上げた。
 スマルもそれに手を上げて応えると、目を瞑って呼吸を整えた。

 四神達はそれぞれの場所に着くと、皆スマルのいる中央を向いて胡坐をかいて座った。
 適当に散らばっているようで、よく見ると東方に青龍、南方に朱雀、西方には白虎、北方には玄武と、それぞれが守護する方角を背にした位置に皆腰を下ろしている。

 何が始まるのかと興味深げにユウヒが見つめていると、四神達は左手を空に向かってすぅっと伸ばし、右手で自分の目の前の地面に何か呪文のようなものをすらすらと書き始めた。
 ユウヒの目には、地面に書くというよりは目の前に置かれた何かをなぞっているような、そういう動作にそれは見えた。

 そうこうしているうちに呪文を書き終えた四人は、ぱんっと大きな音をたてて合掌し、結界を張る時同様に呪文のようなものをぶつぶつと唱え始めた。

 肩の高さまで水平に腕を上げて顔の前で合掌している四人は、目を瞑り、見てわかるほどにものすごい集中力でもって呪文を唱えている。
 古代の言葉なのだと聞かされたそれは、耳には心地良い響きを持つがやはりはっきりとは聞き取れず、その意味も定かではない。

 四神それぞれが異なった呪文を詠唱しているにも関わらず、それは折り重なり、絡み合って一つの大きな旋律となって辺りに静かに響き渡っていた。

 ユウヒはふと、スマルの方に目をやった。

 特にこれと言って変わった様子はないようだが、風のせいなのかスマルの周りの土だけが、妙に煙っているように見えた。

 ――何か起こっているのかな?

 そうは思ったが、ユウヒは声には出さなかった。
 四神の、そしてスマルの気を散じるわけにはいかないと思ったからだった。
 ただ静かに見守るしかないユウヒは、背中を流れる汗で自分が緊張している事に気が付いた。

 ――まいったな。自分があそこにいた方がよっぽど楽だ…なんか、すり減らされる…。

 ユウヒはそんな風に思いながら、ただひたすらスマル達の方を見つめていた。