[PR] FX 1.港町の酒場

港町の酒場


 そうこうしているうちにどうやらだいぶ時間が経ったらしい。
 店の奥からさきほどの女連れの商人風の客が、ジンと共に店内に顔を出した。

「お? 今日は何の話ですか?」

 商人風の男がすぐ側にいた顔見知りの常連客に声をかけると、待ってましたとばかりにその客は返事をした。
「いやね、都でも話題のユウヒの剣舞を最近見てないなぁ…なんて話をさ」
「あぁ、そう言えばそうですね」
 商人風の男が笑顔で答えると、その横で連れの女が口を開いた。

「剣舞? カロン、何それ?」
「マヤンはまだ見たことがなかったか。ユウヒはホムラの出らしくてね、独特の剣舞を舞うんだよ」

 カロンと言われた男がそう答えると、連れの女が興味津々といった様子でユウヒを見た。
 その視線に気付いたユウヒが軽く頭を下げると、女は嬉しそうにユウヒの方に駆け寄った。

「はじめまして、かな? 私はマヤン。ご覧の通り、北方の山岳地帯の国、ガジットの人間だよ。ねぇユウヒ。あなた剣舞ができるの?」
「え、あぁ…うん。できますよ」

 やるしかないかとユウヒがジンの方に視線を送ると、ジンは苦笑しながら首を振っていた。
 ユウヒが不思議に思っていると、商人風の男、カロンがマヤンの方にすっと歩み寄った。

「今日はもうこれで帰るよ、マヤン。またの機会にしよう」
「えーっ!? なんでよ、ちょっとくらい…」
「マヤン!」

 カロンがマヤンの腕を掴んで店の出口の方へ引っ張っていく。
 その様子を見て他の客から声がかかった。

「おいおい、カロン! そんなに急ぐことはないだろう!?」
「いえ、いいんです。今日はまだ用事が残っているもので…」
 そう言って申し訳無さそうに頭を軽く下げるカロンとは逆に、腕を引っ張られたマヤンはまだ何か言いたげにジンとユウヒの方を見ている。
 そんな二人の様子に、ジンとユウヒは顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「マヤン!」

 諦め顔で店の外に出ようとしていたマヤンを、ユウヒがふいに呼び止めた。

 驚いたようにマヤンが振り返ると、ユウヒが楽しげに声をかけた。
「今度うちの店に来た時に必ずやってあげるよ、それでどう?」
 マヤンの顔がパッと明るく輝いた。
「本当に? ありがとう、ユウヒ!」
 そう言って笑顔を見せたマヤンは、店の外に出た後も嬉しそうに店内にいるユウヒに向かって手を振っていた。
 ユウヒもそれに応えて手を振っていると、すぐ近くに座っていた男が残念そうにこぼした。

「あぁ…ってことはよ、今日はユウヒの剣舞はないってことか?」
「あぁ、しまった! そういうことか?」
 他の客からもそんな声が上がり、ユウヒはそれに答えるように口を開いた。
「そうね。今日はもう遅いし、みんな酔いが回ってる。危ないから今度にした方がいいかも」
 それを聞いて、少し離れたところに座っている客が言った。

「酔いが回ってると危ないのか? 俺もまだ見たことがないんだが…」

 とても残念そうに言っているが、ユウヒは折れなかった。

「ごめんなさい。私の剣はさ、剣舞用にはできてないから本当に切れちゃうんだよ。何かあったら大変だろう?」
「ほぅほぅ、そうなのか? それじゃまぁ、仕方がないのかなぁ」
 立ち上がりかけて椅子から浮いていた腰をまた元に戻し、その客は茶碗に残っていた酒をまたちびちびと飲み始めた。

「さっきのお客さんが今度いつ来るかはわからないけれど、それじゃ近いうちにまたやるから、その時はわかるように店に貼紙でもしておくよ」
 ユウヒがそう言い、確認するようにジンに視線を投げると、ジンは問題ないとでも言う風に頷いて、煙草の煙をふぅっと天井に向かって吐き出した。

「さぁ、飲みなおしてちょうだい! ジンも戻ってきたし、料理もどんどん言ってよ!」
 ユウヒが声をかけると、あちらこちらから酒の追加や料理の注文の声が上がった。
 申し訳無さそうにジンに目配せをしてからユウヒは店内を歩き回り、ジンは銜え煙草のまま一つ伸びをして、また調理場へと姿を消した。

 店内は息を吹き返したようにまた一段と騒がしくなり、まるで周辺にいる腹を空かせて家路を急ぐ者達すべてを店に誘い込もうとでもしているかのように、ジンの作る料理の美味しそうな匂いが風に乗り、辺りに漂っていた。