[PR] 競馬 6.覚悟

覚悟


『眠れないのですか?』

 暗い洞穴の中で横になっているユウヒに誰かが囁いた。
 これだけ静かな洞穴の中で音が響かないのは、それがとても小さい囁きだったからではない。
 その声は、ユウヒの内側から聞こえてくるものだった。

「クロか…うん、まだ起きてるよ」
 その囁きに、ユウヒはあえて声を出して返事をした。

「なんか小難しい話をしたせいか、頭が妙に冴えちゃって…眠れないんだよ」
『そうですか…申し訳ありません……』
 玄武が謝ると、ユウヒは首を振ってそれを否定した。
『私達は守護神などと言われてるせいか、何かを与える事には慣れているのですが…さきほどのように望みを聞かれたりですとか、与えられる側になるというのはどうも不慣れで…何かひどく悪い事をしたような気分になります』
「いいんだよ、私が言えって言ったんだもん。話してくれてありがとう」
『いえ…その、こちらこそ、ありがとうございます』
 恐縮したような声が聞こえた後、暗い影のところからすぅっと玄武が姿をあらわした。

「不思議な方ですね、ユウヒは」
 そう言って玄武は、寝転んだユウヒの頭の近くに腰を下ろした。

「私達にご自分の希望を訴えてくる王はいましたけど、こちらの希望を聞いてくるなんて…初めてです」
「そう言えば、そうかもね」
 ユウヒは笑った。
「四神の皆にそんな希望なんてあるのかなって思ったけど…聞いてみるもんだね」

『欲が出てしまったんですよ』

 またユウヒの頭の中に声が響き、続いて姿を現したのは青龍だった。
「ユウヒは我々を本来の名ではない名前でお呼びになる。友として扱って下さる。主にではなく友になら、そういった事を望んでもいいのではないかと、そう思ってしまったんです」
 そう言って青龍も玄武と同じように腰を下ろした。

「だって、友達だろう?」
 ユウヒが事も無げに言うと、玄武と青龍は顔を見合わせ、その後ユウヒを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。

 いつの間にか朱雀と白虎も姿を現し、こちらの二人はユウヒの足下の方に腰を下ろした。
 ユウヒを四角く囲むように座っている四人の姿に、ユウヒは出会った日の事を思い出していた。

 あの時はまだ皆子どもだった。
 ユウヒを守るために結界を敷き、話をする朱雀以外の三人はただひたすらに呪文のような何かを唱えていた。
 その時の自分のひどい態度まで思い出し思わずユウヒが苦笑すると、それに気付いた朱雀が小さく笑った。

「こうして座っていると、私達が初めてユウヒの前に姿を見せた日の事を思い出しますね」

 驚いたように体を起こすと、自分を見つめる朱雀と目が合い、ユウヒは照れくさそうに笑った。

「私も今それを思ってた。あの時はまだ皆小さくて…私もまだ、自分が王様だなんて知らなくて。いや、心のどこかでわかってはいたかな、認められなかっただけで」
「そうだったんですか」
「今思うと、だけどね」
 ユウヒはまた横になって、頭上にあるゴツゴツした洞穴の天井を見つめていた。

「あの時、力が微弱とか、結界がどうとか言っていたよね。もうその、皆は本来の力っていうのが使えるようになったの?」
 ユウヒの問いには青龍が答えた。

「そうですね、だいたいは」
「だいたい…は?」
「はい。まだ完全というわけにはいきませんが」
「どういうこと? 私が正式に即位していないからっていうこと?」

 ユウヒが見上げるように青龍に視線を投げると、それを受けるように青龍が答えた。

「いえ、そうではありません。ユウヒは五行という言葉をご存知ですか?」
「ゴギョウ…あぁ、五行のことね。聞いたことはあるよ、えっと…全ての物が木、火、土、金、水の5つから成っていてどうこういう、木は燃えて火を生み…って、あれの事?」
「はい、その五行です」
 青龍は頷いて言葉を続けた。

「この世のあらゆる現象はすべて木・火・土・金・水の五つの要素から成っているという考え方です。これらは盛衰を繰り返しやがては滅んで消えていく。大きな流れの中で互いに影響し合いながら循環しているのです」
「うん、五行の考え方っていうのはわかる。でも、それがあなた達とどう関係してくるの?」

 ユウヒが言うと、青龍は神妙な顔をして説明を始めた。

「火・水・土・木・金の順に、後者が前者に打ち勝つことにより循環するとされるのが五行相剋、それとさきほどユウヒが言っていたのが五行相生、木・火・土・金・水の順に、前者が後者を生み出すことで循環するという考え方です。実際のところ、万物すべてこの五つが均衡を保って成り立っているのです」

 ユウヒは寝転んで目を瞑っていたが、ついには体を起こして青龍の話に真剣に耳を傾けた。

「あらゆるもの、というのは我々も例外ではありません。朱雀は火を、白虎は金を、玄武は水を、そして私は木を、それぞれ司っているのです」
「へぇ、そうだったんだ。だから剣を使う時に白虎が手伝ってくれるんだね?」
「そういうこと!」
 感心したように言うユウヒの声に、白虎が嬉しそうに返事をした。

「あれ? 今の話だと五行には一つ足りないよね? えっと、土?」

 白虎と目を合わせて笑みを浮かべていたユウヒが、また青龍の方に向き直った。
 青龍はユウヒの言葉に黙って頷いて、また口を開いた。

「そうです。我々四人では土の要素が足りないんです」