[PR] 管理栄養士 5.月夜

月夜


「本当です。私達が黄を王座から退かせたんです」
 そう言ってそのまま俯いてしまった朱雀を見つめ、ユウヒは静かに言った。

「そっか…でも、そんな自分達を責めるような言い方をしちゃいけない。その封印には、何か理由があったんでしょ? 責めたくなる気持ちはわからないでもないけど、あなた達がそんな様では、それこそ黄龍に失礼だよ」
 とても静かで、そしてとても優しく、それでいて力のこもった言葉に朱雀が顔を上げると、そこにはユウヒの穏やかな笑顔があった。

「あなた達の事だ、いろいろと手は尽くしたはず。それでもそうするしかなかったのなら、きっと間違いではなかったんだと思うよ」
「…はい」

 ユウヒは少し俯いて何かを考える素振りを見せ、そして四人にきっぱりと言った。

「その話、やっぱり全部聞かせてもらう事にするよ。なぜあなた達は黄龍を封じてしまったの?」
「それは…」
 言いよどむ朱雀の代わりに口を開いたのは青龍だった。
「黄は、例えるならば、この世をあまねく照らす日の光のような方です。それはもう神々しく輝いていて、本当にすばらしい方でした。その力強さでこのクジャを引っ張って下さった。ただ…」
「ただ?」
 ユウヒが先を促す。青龍は頷いて先を続けた。

「強すぎる力、まぶしすぎる光の下には、得てしてそれと同じだけの暗い闇、黒い影が生じるものなのです」
「あぁ、そういうこと…」
 ユウヒが頷いた。
「はい。黄の圧倒的な力は、それだけの闇をも生み出した。豊かに思えたクジャが、内側から崩れ始めたのです。我々にはどうする事もできませんでした」
「あなた達四人をもってしても?」
「…敵う相手ではありません」
 ユウヒは話の矛盾に気付いて首を傾げた。

「封印、したんでしょ?」
「…はい。我々は黄と決別した後、蒼月を王として立て、黄を封じました」
「うん…あれ? 敵わないって言ったよね?」
「……はい」

 青龍の表情が苦しそうに歪んだが、ユウヒはあえてそのまま質問を続けた。

「なぜ封印ができたの? 蒼月は人でしょう? 戦力になるとも思えない」
「それは…あの、推測でしかないのですが…」
「構わないよ、言ってみて」
「黄の力だと思います。我々に力を貸したのかどうしたのかその方法はわかりませんが、黄が自らの力を自分の封印のために使ったのだと思っています」
 青龍の眉間の皺がより深くなる。
 泣いているようにすら見える青龍の肩に、白虎を解放した玄武が手をぽんと置いた。
「黄もわかっていたのだろうと、今になって思うのです。それでもやはり、裏切られたと思っているのではないかと、そう思ってしまうのです」
 そう言った玄武の表情も、やはり辛そうに歪んでいた。

「そうか…」
 ユウヒはそう言ったきり黙り込み、しばらくの間何かを考えている風だったが、おもむろに顔を上げると力強い声で言った。

「わかった。話してくれてありがとう」
「………」
 予想外に力のこもった声に、思わず四人顔をあげた四人の視線がユウヒに集中した。

 ユウヒはそのまま言葉を続けた。

「四人の気持ちはきっと黄龍にも伝わってる、どんだけ離れてたって大丈夫って信じようよ。だからさ、少し私に時間をくれないかな? 今すぐってわけにはいかないから…でも約束するよ。いつか必ずみんなを黄龍に会わせてあげる、絶対だ」
「……っ!」
 驚いたような表情を浮かべる四人に向かって、ユウヒはさらに話し続けた。

「今この国がどうなっているのか私にはまだわからない。でも、黄龍に会う時には、皆が日の光の下でも顔を上げて立っていられるような、そんな国になっているように頑張るよ。あともう一つ、教えて欲しい」
「…なんでしょう?」
 問い返す青龍にユウヒが言った。

「なぜ月なの? さっきクロから蒼月とは蒼天に輝く月の意だと私は聞いた。月の光に、この国の隅々まで照らしていた日の光の代わりが勤まるとは、私には思えない」

「それは…それだけ大きな闇の中をこの国が彷徨っていたからです。夜の暗い闇の中でもまたあの澄み切った青空の広がる朝がくると、そう信じられるような何かにすがりたかった。夜の蒼い天に浮かんだ月に、明るく輝いて暗闇の中の道を照らして欲しかったのです」

 そう答えた青龍に続いて、玄武もユウヒのその問いに答えた。

「日の光はまぶし過ぎて顔を上げることすらできないような、そんな傷つき弱った心を抱えた者達を、昼間の月は確かにただ見ていることしかできないかもしれない。でも夜の闇の中で優しい月の光に包まれたら安心して眠ることができます。弱い自分を恥じることなくさらけだすことができると思うのです」
「どうする事もできないような闇の中で、蒼月は俺達の希望だったんだよ」
 最後にそう言ったのは白虎だった。

 ユウヒは息を呑んだ。
 だがゆっくりと深呼吸をすると、言葉を選びながら話し始めた。

「私がそんなすごい王様になれるかは、正直なところわからないけれど…いつか月の光では足りなくなるほどにこの国が輝きを取り戻したら、黄龍のところに行こう」
 ユウヒの言葉は四人の心の中で波紋のように広がっていった。

「もう一度言う、いつか必ず私がみんなを黄龍に会わせてあげる。だからそれまでの間、私に力を貸して欲しい」

「それまでの…間?」

 問い返した朱雀の言葉に返事はなく、ユウヒはただ静かに微笑んでいた。

「もちろん、そのために私達はそのための存在ですから…」
「……ありがとう、アカ」

 ユウヒはそう言うと立ち上がり洞穴の方へと歩きだしたが、背中に四神からの視線を感じて、ふと立ち止まり降り返ると四人に向かって声をかけた。

「…そろそろ、森を出ようと思う。今日はもう寝るね、おやすみ」
 ユウヒの様子が少しおかしかったのが気にはなったが、誰も声をかけようとはせず、ただ黙ってその背中を見送っていた。

 やがて一人、また一人と夜の闇の中に姿を消し、誰もいなくなったその場所には、月の白い柔らかな光がただ静かに降り注いでいた。