月夜


「きれいな月ですね」

 いつものように洞穴の入り口でユウヒがくつろいでいると、背後からふいに話しかけられた。
 声の主は穏やかな笑みを浮かべたままでユウヒの側まで来ると、その隣に並ぶように腰を下ろした。

「申し訳ありません。呼ばれてもいないのに」
「いや、構わないよ。どうしたの? クロ」
 主にそう問われて、玄武は静かにその答えを口にした。

「ユウヒの様子がおかしいからと、白虎に言われて出てきました」

 その言葉にユウヒは一瞬驚いたような様子を見せたが、ほんの少し顔を歪めて苦しそうな笑みを浮かべると、後ろに手をついて夜空を見上げ、溜息を一つついた。

「そう…シロがそんなこと言ってたの」
「はい」
 もともと自分の事を話す事は苦手で、そのせいか内面が表に出るような事はほとんどないユウヒだったが、この森で一人過ごすようになってからは自問自答の日々が続き、そのせいか以前とは違い感情や思いが行動などに出ることが多くなっていた。
 ユウヒ自身もそれに気付いてはいたが、改めて指摘されると妙に気恥ずかしかった。

「そうね。ちょっといろいろ…考えちゃってさ」
「………」
「心配かけちゃって悪いね」
「いえ! それはその、全然謝るような事では…」
「うん…」

「あの、今もまたその…いろいろと考えておられたのですか?」
 心配そうに言う玄武に向かって、ユウヒはつとめて明るく答えた。

「ううん、そんな難しいこっちゃないよ。ただぼんやりと空見ながらさ、あぁ、私の名前だなぁっとか、そんな事思ってた」
 そう言って月を見上げるユウヒの視線を追って、玄武もまた夜空に浮かぶ満月を見上げた。

「蒼月、ですか?」
「うん…そう。蒼い月ってヒヅ文字で書くんだって聞いたから」
「そうでしたか。でもそれは少し違いますね、蒼月とは蒼い月という意味ではありませんよ」
「え? そうなの?」
 驚いたように視線を投げてきたユウヒに、玄武は笑みを浮かべて答える。

「はい…正確には、今夜のような昼の青空を残した夜空、蒼天に輝く月という意味で蒼月という名前なのですよ」
「へぇ〜、そうだったんだ。本当に、すごくきれいな名前だね」
「はい。私もそう思います」
 その玄武の言葉にユウヒからの返事はなく、二人はただ黙って夜空を見上げていた。

 そんな二人を驚かさないように気遣いながら、白虎、朱雀、青龍の三人も姿を現し、夜空を眺める二人のすぐ近くに同じように座り込んだ。
 その気配を背中に感じて、ユウヒがすぅっと視線を落として静かに言った。

「シロ、ありがとね」
 いきなり礼を言われた白虎は、照れ隠しに頭をぽりぽり掻くとユウヒに言った。
「その…もう大丈夫なのか、ユウヒ?」
 ユウヒは少し迷ったが、ここは正直に話そうと思い直してゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫じゃないなぁ、情けないことに」

 そう言って笑うユウヒに無理をしている様子はないが、そう正直に吐き出した主の言葉に四人は思わず顔を見合わせた。

 その様子が少しおかしくて、ユウヒの顔に笑みが浮かぶ。
「もうちょっと、平気でいられると思ったんだけど…だめだったなぁ」
 そう言って、ユウヒはまた夜空を見上げた。
 表情を隠そうにも、明るい月に照らされて表情どころか心の中まで見透かされているような気分になってくる。
 ならばいっそ、全部話してしまった方が楽かもしれないと、ユウヒは何となく考えていた。

「今日会った人達の顔、覚えてる?」
 ユウヒの問いに四人が頷くと、ユウヒも頷き言葉を続けた。

「護衛の二人は私の幼馴染なんだ。一人はスマルといって…えっと、髭の老け顔の方ね」

 朱雀が思わずくすりと笑い、慌てて口許を押さえた。
 ユウヒはふと何かを思い出したように笑みを浮かべ、そしてまた静かに話し始めた。

「どうやらあいつは、私が王様だってのを知ってるみたいでね。今日、私がチコ婆の手紙を読んだって言ったら、なんかもうすごい青い顔してたよ。私もさ、友達の前で自分が王だって認めるような真似したのは初めてだろ? 怖くなったっていうか震えがきたっていうか…心を握りつぶされちゃいそうな、そんな気分になった」

 ユウヒの言葉をただ黙って聞いている四人は、先を促すかのようにユウヒを見つめている。
 ユウヒはそのまま話を続けた。

「あいつ…スマルはね、私よりも私の事をわかっているような妙なヤツだから、郷を出る時にもちょっと…あってね。私がチコ婆様から何も聞かされてないもんだから、お互い相談も当然できなくて…祭の後、私がどうもスッキリしない気分で鬱々としている間、あいつはたぶん、この事で相当悩んでいろいろ考えてたんだろうなって思う」

 苦しそうな笑みを浮かべて、それでもユウヒは言葉を繋いだ。

「スマルは私が王様だとか、そんな事おかまいなしに私の事を守ろうとか考えてくれた。だから私はこうしてユウヒのままでいられる、そう思ってるんだけど…王様って言うのはやっぱり、重たいね…責任だとかいろいろと。割り切ったって思っていたけど、あいつの顔見たらさ…王様だろうがなんだろうが大丈夫って、そう思おうとしてるだけなのかもなぁって、そんな自分に気が付いちゃったよ」

 四人の顔を順番に見つめて、ユウヒは振り絞るように言った。

「こうして話している今も、自分の鼓動がうるさくてたまらない。自信だと思っていたものが全部不安にすり替わって、私の事を押しつぶそうとしているみたい」
「そんな…」
 口をはさんだのは朱雀だった。

 その朱雀の言葉をユウヒは手で制して話を続けた。