クジャ王国の都、ライジ・クジャは古くから交易の町として栄えてきた。
その豊かな土地からもたらされる農産物と、海からもたらされる海産物、さらには海辺の町、カンタ・クジャで造られる工業製品も、この国に富をもたらした。
近隣の国からは、玉や鉱物などの資源や絹、綿などの繊維製品等が持ち込まれ、それと共に多くの人もこの国に流れ込んでくる。それらの人々によって隣国、さらにはその周辺の情報もまたクジャにとってはとても重要で有益なものとなっていた。
多種多様な民族で溢れ、様々な文化が混ざり合ったこの町ライジ・クジャは、昼夜を問わずおおいに賑わっていた。
そのライジ・クジャの町のほぼ中央に王宮はあった。
政治の中心でもあるその王宮の敷地の中には、二十を超える建物の他、三つの塔がある。
三つのうちの一つは城と言ってもいいほどの豪華な造りになっており、その装飾一つをとっても、他の二つとは比べ物にならないほどに素晴らしいものだった。
町に住まう庶民達の間では、その城のような建物こそが王の住居であろうともっぱらの噂だが、実際に詳しく知る者はほとんどいない。
王宮の敷地は、まるで全てを覆い隠すかのようにその四方すべてが高い壁で囲まれており、四つある門はどれも厳重に警備が敷かれていた。
「渡り」を終え、王宮に着いたホムラ一行は、その塔のうちの一つに宿泊していた。
王の住まいだろうと噂される中央の塔に比べればいささか見劣りはするものの、左右どちらの塔もやはり、立派なものであるのには違いなかった。
ホムラ様と言えば、この国の信仰の中心で、いわば民の心の拠り所である。
そのホムラ様となったリンの待遇は思いのほか良いもので、リン一人にその塔の最上階全てが与えられた。
また、そのすぐ下の三層はホムラ一行が自由に使って良いことになり、ホムラ郷から来た全員が同じ塔に寝泊りできるように配慮された。
塔と言われてはいるものの、中の空間はその最上階でもかなり広い。
寝所や、日中を過ごす部屋などを確保しても尚、空いてしまう部屋があり、そこには護衛にあたるキトとスマルが交代で控えることとなった。
不測の事態に対応できるよう常に緊張と隣合わせでいながらも、階下の部屋を寝所として別に与えられている二人は、リンの部屋と隣接したその部屋で何かする事があるわけでもなく、そのほとんどの時間を暇を持て余して過ごしていた。
「そろそろ交代だ、キト」
そう言いながら部屋に入ってきたのはスマルだった。
キトは煙草の煙をくゆらせながら、ぼんやりと時間をつぶしていた。
部屋の中、窓から一番離れた場所にある扉は廊下へと続き、その廊下より内側は屋根まで吹き抜けた造りになっている。
職人によって継がれた長い柱がその塔の中心を上から下まで貫き、各階層を繋ぐ階段がぐるぐると螺旋状に続いている。
だがスマルが現われたのはその扉ではなく、外にある物見台に続く扉の方からだった。
王宮にある三つの塔には、どの階層も物見台がぐるりと四方を囲んでいた。
この町には他にこれといった高い建造物がないため、そこからはどの方角も見事な眺望を楽しむことができた。
「どうしたんだよ、そんな所から」
キトが笑って声をかけると、スマルが外をひょいと指差して答える。
「見てみろ、見事な月夜だぞ。今日は満月らしいな」
キトが手にしている煙草に気付いて、スマルが自分にも…と手で合図する。
そこだと指し示された引き出しから煙草を一本取り出すと、スマルは机の上にある灯りから煙草に火を移した。
ジジ…と小さな音がして、小さな煙草の火が薄暗い部屋に赤く点る。
「どれ…見てみっか?」
スマルが指差した方角を覗き込むと、雲が薄く漂う蒼い夜空に丸い月が静かに漂っていた。
「こりゃ男二人で眺めるには、ちぃともったいない月だな」
キトはそう言って立ち上がると、スマルも促して二人して物見台に出た。
少し湿気を帯びた夜風が、二人の間を通りすぎていく。
「でもまぁ、見ないのはもっともったいないか…」
そう小さくつぶやいたキトの言葉に、スマルも黙って頷いた。