再会


 郷を出た後、順調に街道を進んだ一行は、噂されていた結界に阻まれることもなく守護の森に入ることができた。

 森の中は生い茂る木々のためか昼間で薄暗く、空気はひんやりとして程よく湿っていた。
 息づく生命達の気配や息遣いは感じられるものの、人間の気配は全く感じられない。
 この森において、自分達人間は明らかに異質な存在であり、その足音でさえ、ここではひどく違和感があった。
 緊張感の中、一行は言葉を交わす事もなく、ただ黙々と前に進み続けた。

 ホムラの一行が郷を出てからちょうど二の鐘と半刻ほどが経ち、そろそろ休憩をとろうかという頃合いの事だった。

 気付いたのは、後方を歩いていたスマルだった。

 何者かにつけられている。  こちらの気配をうかがいながら、着かず離れずの距離を保って後ろをつけてきているそれは、どうやら人間ではない何かであることは間違いなかった。

 スマルは輿の担ぎ手や輿の中のリンにわからないように、口笛でキトに合図を送った。
 口笛を聞いたキトは、振り返るなどの目で見えるような反応はせず、同じように口笛でスマルに合図確認の返事をした。
 護衛の二人はもちろん、輿の担ぎ手の八人も皆一様に二本ずつ、剣を携えていた。
 剣舞の娘達と同様、ホムラの男達の剣もまた二刀一対になっている。
 ただ舞い用の刀身が反り返った娘達の剣とは違い、男達の剣の刀身はまっすぐに伸びた諸刃の剣である。
 娘達の中でこの実戦に使う諸刃の二刀一対の剣を持つのは、この国の王に選ばれたユウヒだけだった。
 スマルは自分が装飾を施したユウヒの剣の事を思い出しながら、自分の剣の柄を握り締めた。
 あいかわらず後方から漂ってくる気配は消えず、緊張で冷たい汗がスマルの背中をゆっくりと伝う。

 ――まずいな…せめてどんなやつが来てるのかわかればいいんだが…

 スマルはどんな気配も逃さないように、全神経を背後に集中したまま歩いていた。

 ――何もない素振りで一旦足を止めて相手の姿を確認するか、このまま休憩なしに進むか…

 どうしたら良いか迷うスマルの目に、疲労のため足元のふらついている担ぎ手の姿が映った。
 八人で順番に交代しながらとはいえ、人一人乗せた輿を持ったまま、慣れない森の中を妖の気配に慄きながら歩いているのだ。
 体力的にも、精神的にも、疲れないわけがない。
 担ぎ手の八人は、もう心身ともに限界が近づいているように見えた。

 ――仕方がない。

 スマルは柄を握る手に力こ込めた。
「聞いてくれ! ここで一旦休憩をとるぞ。キト、ちょっといいか?」
 担ぎ手達が背負っていた袋から、輿の台座を取り出し地面に直接それを置く。
 その上に乗せるようにして輿を静かに下ろすと、担ぎ手達はうめき声のような声を上げて、皆その場に座りこんだ。

 座ることなく急いで輿に駆け寄ったのはシムザで、彼は中にいるリンに飲み物を渡すなどしてその疲れを気遣っているようだった。
 その様子を横目に見ながら、キトが前方からスマルの方へと歩いてきた。
 担ぎ手達を労い笑顔で声をかけていたが、その手はしっかりと剣の柄を握り締めていた。

 キトはスマルの真横まで来ると、ふぅっと一息ついて口を開いた。

「どうだ、スマル?」
「あぁ。あいかわらず着いて来てるな。ほら、あの辺り…」
 他の者達に悟られないように、顎をしゃくり、目線でその方向をキトに教える。
 スマルの視線の先にキトは目をやった。
 何かこちらの様子を伺っている影が確認できた。

「熊、ではないな。なんだ?」
 キトが小声でスマルに話しかける。
「わからん。ただ襲ってくるような殺気立った気配は感じられん」
「それは俺も同感だな」
 二人は平静を装ったまま、ボソボソと話を続けた。
「こちらの出方を伺ってんのか?」
 キトに聞かれ、スマルはがそれまで感じていた事をそのまま口にした。

「いや、出方というより…何か見張られているような感じだな」
「見張りか…ひょっとして、やつらの縄張りに俺達が入ってるってことか?」
「あぁ、そんなところかもしれん。まだ姿を確認したわけじゃないから決めてかかるのはまずいだろうが、縄張りから出てしまえば、おそらくヤツも消えてくれるんじゃないかな」
「だな。それに今すぐ襲って来る気配もないところを見ると、巣だってそんなに近いってわけじゃなさそうだ」
 キトの言葉にスマルが頷いた。
「俺もそう思う。もう少し担ぎ手達を休ませたら、すぐにこの場を去ってやり過ごそう」
「わかった。じゃ、スマル、俺はまた前に戻るぞ」
「あぁ」
「何かあったらすぐ報せろよ?」
 そう言ってキトは笑みを浮かべ、輿の前方に戻っていった。