郷の中央にある広場にはホムラ様を乗せる輿が置かれ、その周りに担ぎ手達が集まり最後の説明を受けている。
護衛の任にあたるキトは、一人広場の片隅に座り、スマルが戻るのを待っていた。
「悪い! 遅くなった!」
息を切らして広場に戻ってきたスマルが、キトの横にどさっと腰を下ろした。
「お疲れさん。で、チコ婆様はなんだって?」
「あぁ、なんか…ユウヒを探せとさ」
「そか…あれ? お前、何それ? 何いきなり色気づいちゃってんの? ユウヒに渡せってか?」
キトが自分の剣の鞘の先で、スマルの胸元の見慣れぬ勾玉を揺らした。
「そんなんじゃねぇよ、これは俺のだそうだ。チコ婆様がこいつをしとけってさっき……」
「ふぅ〜ん、髭だけじゃ足りねぇんかと思ったよ。で? それ何よ?」
「お前なぁ…あ、これはな、何でも、俺が母親の腹から出てきた時に持ってたものらしくて…」
「えっ!? 何、お前、神の遣いの子だったの?」
キトが驚いたように言うと、スマルも驚いたようにキトの事を見て言った。
「なんだ、お前それ知ってるのか? 何なんだよ、神の遣いって」
「あー、俺もよくは知らんけど、玉だか何だかを握り締めて生まれてきた赤ん坊は縁起がいいとか何とかで、神の遣いって言われてるらしいよ」
「へぇ〜、そうなのか…」
ついさっきチコ婆から聞かされた話とは少し違うようにも思えたが、スマルは黙ってキトの話を聞いていた。
「それじゃやっぱりお守りか何か、そういうのかね?」
素知らぬ振りでスマルが言うと、キトがコクリと頷いて言った。
「じゃねーの? これから森に入るしな…それにしても…」
「ん? それにしても、なんだよ?」
不思議そうにスマルが聞き返すと、キトがたまらず噴出して言った。
「お前に神とか、似合わないな、スマル」
「あ、あのなぁ…それよりお前、本当に良かったのかよ、ニイナは…」
「あぁ、いいのいいの! ニイナもこうするようにって思ってたんだし」
そう言ってキトは笑った。
夫婦となって間もないキトは、妻のニイナを独り残して郷を出ることになる。
スマルは少なからず、その事を気にしていた。
その時、時を告げる一の鐘が鳴り響いた。
それは、ホムラ一行の出発の時を告げる鐘でもあった。
おぉっという歓声がして、その方向を向くと、ホムラの装束をまとったリンが、母親のヨキに手を引かれて広場に着いたところだった。
「それでは、皆の者、よろしいかな?」
集まってきていた年寄り衆の先頭で、長老が大きな声を張り上げる。
「はいっ!」
長老の声に、男達が大きな声で答えた。
「リン…」
少し声を落として、長老がリンに話しかけた。
「お勤め、頑張るんじゃよ。あまり、思い詰めたりせぬように…」
「わかっています、長老様。ありがとうございます」
そう言ってリンは頭を下げ、ヨキに手を引かれてついにはそのまま輿に乗り込んだ。
スマルとキトも立ち上がった。
輿の担ぎ手である男達の手によって、リンの乗った輿が持ち上げられる。
「それでは長老様、行ってまいります」
「行ってまいります」
「うむ。ホムラ様を、リンの事を頼んだぞ!」
二人はそれぞれ長老に向かって深々と礼をすると、キトが輿の前方に、スマルが輿の後方に立った。
「出発!」
長老の声を合図に、一行は南門に向けて歩き出した。
広場から南門に抜ける大通りの沿道には見送りに来た郷の人々がずらりと並んでおり、旅立つ者達に向かって手を振っていた。
少し気恥ずかしいような思いを抱きながら、一行は郷の南門を抜け、街道を守護の森のある南の方へと下っていった。