再会


「スマル!」

 背後から声をかけスマルを呼び止めたのは、リンの祖母、年寄り衆のチコ婆だった。
「チコ婆様…俺に何か?」
「あぁ、ちょっといいかい?」
 そう言うと、チコ婆は奥の部屋に向かって歩き出した。

 その背中を訝しげな表情でスマルが見ていると、キトが声をかけてきた。
「スマル、俺、先行ってるから」
「あ、あぁ…俺もすぐ行く」
「おぅ…」
 キトはそう言って手を上げ、スマルをその場に残して先へ進んだ。
 そのキトを目で見送ると、スマルは早足でチコ婆の後を追った。

 一番奥の部屋の引き戸を開けると、そこは薄暗く、その真ん中にチコ婆がちょこんと小さく正座をしていた。
 スマルは中に入り引き戸を閉めると、チコ婆の正面に回り腰を下ろした。
「何ですか?」
「あぁ。忙しいところすまないね。時間もあまりないから手短に話そう」
 そう言ってチコ婆は、首飾りのようなものをスマルの方に投げてよこした。

「これは?」
「見ての通り、勾玉の首飾りだ。これから先、お前はこれを肌身離さず持っていなさい」
 スマルは不思議そうに聞き返した。
「護衛につくからですか? お守りか何か…」
「いや、その石を身に付けることとホムラの護衛は一切関係ない」
「えっ…ではなぜ? 俺はこの様な物を身に付ける柄でもないと思いますが…」
 チコ婆がまたわけのわからない話を始めたと、スマルは少し身構えた。
 その様子にチコ婆は表情を和らげ、そのままスマルに向かって話を始めた。

「その勾玉は、お前が母親の腹から出てきた時に握り締めていた物なんだよ、スマル。お前、神の遣いの話を聞いたことは、あるかい?」
 驚いた様子で首を振るスマルに、チコ婆は笑みを浮かべて話を続ける。
「知らぬか。まぁいい。そこはさして重要ではない。いいか、スマル。お前はその石を手にすることで、お前の中に眠っているある力を呼び起こすことができるんだ」
「力?」
 聞き返してきたスマルにチコ婆は頷いた。

「いいか、スマル。お前はリンの護衛として郷を出るが、宮についたらまずサクという人物に会え。そう、早馬を送ってきたあのサクだ、宮の中にいる。サクに会えたら神宿りの儀が滞りなく終わったことを伝えろ。ただし、ユウヒの名前は出すな」
「えっ? それはどういう…」
 そう言いかけたスマルの言葉をチコ婆が遮った。
「いいから聞け、時間があまりないんだ。祭が滞りなく終わったということだけ言えば、王が選ばれたのだということがサクにはわかる。今の時点ではそれだけ伝えれば十分だ。そうしたらお前はユウヒを探せ」

「えっ…ユウヒを、ですか?」
 ふいをついたチコ婆の言葉に、スマルの表情が固まった。

「そうだ。あの子が今どうなっているかはわからんが…郷を出てからもう半年以上が経つ。あの子のことだ、まだ私からの手紙を目にしていないという事はないと思う。だから、既に手紙を読んでいると仮定して、お前は今のユウヒに会うんだ」
 スマルは戸惑った様子でチコ婆に質問を続ける。
「会って…どうなるんです?」
「そうだな…会えばわかる、としか…ただな、スマル。お前の力が今のあの子には必要なんだよ」
「俺の力? さっき言ってた俺の中に眠ってるとかいう力ですか?」
 チコ婆はニヤリと笑うと一息おいて答えた。
「まぁな、そればかりじゃないだろうが…そのあたりは以前言ったとおりだ。あの子の力になってやって欲しい」
「はぁ…何だかまた要領を得ませんが。わかりました。チコ婆様の言うとおりにします」
「すまないね。ゆっくり順序立てて話してやれば良かったんだが…なぁ」
「……?」
 スマルは首を傾げてチコ婆を見たが、チコ婆からそれ以上の説明はなかった。

「さ、話は終いだよ。足止めして悪かったね」
 話が終わったようなので、スマルが一礼して立ち上がると、チコ婆も立ち上がってスマルのあとをついてきた。

「それより…ユウヒは無事なんでしょうかね?」
「何馬鹿な事言ってんだ! 大丈夫に決まっているから、こうしてお前に頼んでいるんだろう!」
 前を行くスマルの尻を、チコ婆が子どもにやるようにしてばんばんと叩く。

「リンとユウヒを頼んだよ、スマル」
 そう言って笑うチコ婆の声に、ユウヒの無事を疑うような雰囲気はまったく感じられなかった。
「…はい」
 スマルはそう言って、手にしていた勾玉の飾りを首からさげた。

「なんじゃ、なかなか様になってるじゃないか。さぁ、行っておいで」
「はい、行ってきます」

 奥の部屋から出たところでチコ婆と別れると、スマルは足早に渡りの準備が忙しなく進む広場へと急いだ。