再会


「以前の…と言ってももう随分昔になりますが、以前の通りであれば護衛の者がいると言えばいます。でも、気になるのでしょう?」
 青龍の言葉に玄武も続く。
「確か、同郷の…ホムラ郷の者の中から選ばれるはずだから、ユウヒの知っている人もいるかもしれませんよ?」
「そうだよ、友達がいるかもしれない! それに俺、ユウヒの妹、見てみたい」
 白虎が嬉しそうに言うと、ユウヒが驚いたように白虎を見た。

「見たいって…リンを?」
「そうだよ。だって、ユウヒを選んでくれた人だろう? 妹っての抜きにしても、見てみたいと思うよ、俺は」
 そう言って笑う姿にユウヒは呆気にとられて、困ったような顔で他の三人を見た。
「手伝いますよ? もうずいぶん顔を見せていないのですから…あちらも心配なさっているのでは?」
 玄武に言われて、ユウヒは力ない笑みを浮かべた。

「うん…心配はしてるだろうな」
 ユウヒの顔に影が落ちる。
「こんなとこでウジウジやっててさ、正直なところ、どんな顔して会えばいいのやらって気分だよ」
「そんな…」
 朱雀が言いかけた言葉をユウヒはさえぎって言葉を継いだ。
「ウジウジだよ。さっさと都に行けばいいのに、私は自分が王だってわかった後もこうしてここに留まってる」
「ですが…」
 どうにかユウヒの言葉を止めたい朱雀が口を挟むが、ユウヒは首を振り、話し続けた。
「気後れとも違う。選ばれたっていう事実はわかるんだけど、話が大きすぎてね、実感がわかないというか。正直、王だからってどうしたらいいのか全然わからないんだよ。何か…それなら私にもできるかもしれないっていう、確証みたいなものが欲しいのかな。いや…それとも少し違うか……」
 うまく言い表せない思いを、必死に言葉を選びながら伝えようとするユウヒの声に、四人はただ黙って耳を傾けていた。
「ごめんね。何か始める前にこんなにいろいろ考えこんじゃって…でもこればっかりは、なるようになるって、そう簡単にはどうしても思えなくて……」

「かまいませんよ」
 青龍が言った。
 玄武もそれに頷いて口を開いた。
「納得するまで悩んであがいて下さっていいんです。受け入れられないままで立てるようなそんな簡単なものではないというのはわかっていますし」
「自信を持てと言っても難しいのもわかりますしね。それにずっと蒼月不在の世だったんですから…急ぐ必要はないでしょう」
 朱雀が続き、ついには白虎まで口を開いた。
「王だって言われて舞い上がるようなヤツよりかよっぽどいいさ。大丈夫だよ、ユウヒ」
 必死とも思える四神達の言葉が、ユウヒの心を少しだけ揺さぶった。

 ユウヒは俯いて音もなく笑うと、お礼の言葉を小さくつぶやいた。
「ありがと…みんな、優しいね……」

 ユウヒは少しの間黙って、何かいろいろと思いを巡らせているようだったが、ふぅっと一息つくと、顔を上げてニコッと笑った。
「行ってみるよ。そんで、何かあったら私があの子を守る」
 安堵の表情を浮かべる四人に、ユウヒがまた言葉を続ける。

「慎重なんだね、王に対して…もしかして、昔何かあった?」
 四人の顔が瞬時に曇り、ハッとしたように気まずい表情を浮かべたユウヒに青龍が答えた。
「件の蒼月のことです。即位された当初は頑張っておいででしたが…今思うと、いきなり王になられて大きな不安を抱えておられたのではないかと、心配事などもおありだったのではないかという気がするのです。王としての責任ですとか、そういった重圧を我々が思っていた以上に感じておいでだったのではないかなと」
 言い終えた青龍はとても悲しそうで、それでもユウヒをまっすぐに見つめる瞳にはユウヒへの信頼が感じられた。
 ユウヒもその視線に応えて青龍を見つめ返し、その肩に静かに手を置いた。

「そうだったんだ。教えてくれてありがとう、アオ」
「いえ…」
 青龍は小さく頭を下げた。
「私が思ってる以上に、皆は私を護ってくれてるんだね。私も、もっと頑張らなくちゃいけないね」
「十分頑張っておいでだと思っていますよ」
 玄武が言うと、ユウヒが笑みを浮かべて返事をした。
「ありがとう、クロ。でもどっか逃げ腰でね、実は。だけど…うん、やってみるよ」
 ユウヒがそう言った時、森のざわめきがいっきに大きく激しくなった。

 五人の表情が険しいものに変わる。

「何?」
 ユウヒが訊ねると、朱雀が首を振った。
「わかりません…が、何かあったようですね」
「リンは? ホムラ様はもう来ているの?」
「えぇ。それは間違いないようですが…あっ!」

 そう言って朱雀が指差す方向を見ると、何か鳥のようなものがぐるぐると宙に輪を描いて飛んでいる一角があった。
「あそこのようですね」
 朱雀が言うと、ユウヒは焦りの表情を見せた。
「あんな遠く!? 何が起こったんだろう…今から行ったら全然間に合わないじゃないか!」

「ユウヒ、お忘れですか?」

「え? 何を?」

 涼しげな表情に優しい眼差しを湛えて、朱雀がユウヒに言った。
「私どもが、お手伝いするのですから。これくらいの距離、あっという間に移動できますよ?」
「あぁ!!」
 本当にユウヒは失念していたようで、驚きの声をあげた。

「えっと、アカにお願いしたらいいのかな?」
「だろう? 俺達の誰選んでもいいけどさ…いきなり白い虎が空を飛んできたら、ちょっと驚いちゃうよな」
「ふふ、そうだね。じゃ、アカに頼むとするよ。あっちについたらシロ、手を貸してくれる?」
「もちろん!」
 ユウヒは立ち上がって、四人の顔を順に見つめた。
「状況がわからないから何とも言えないけど、必要ならアオとクロも呼ぶからね」
「はい」
「いつでも」
 青龍と玄武の返事を確認すると、ユウヒは力強く頷いた。

「じゃ、行こうか、朱雀」

「はい」

 その声を残してユウヒと四神は忽然と姿を消し、同じ場所から美しい深紅の鳥が大空へと舞い上がった。