自分がこの国の王であるとユウヒが知ってから、また少しの月日が流れた。
ユウヒはまだ守護の森にいた。
王として都に上がる気配はないが、そんなユウヒの事を四神達が責める事はなかった。
ユウヒはそのほとんどを洞穴ですごし、時に思い出したように自分の事を話してみたり、またある時は四神達を質問攻めにしたりすることもあった。
最近では洞穴を出たところの岩の先に腰を下ろし、森を見下ろしながら物思いにふけることが多くなっていた。
王であるユウヒには、守護の森や、そこに住まう者達の思いや声を感じ取る力がある。
ずっとその声に耳を傾けていては精神的にも疲れてしまうのだが、それらの声が入ってくるのをちょうど扉を閉じるように自らの意志で遮断する手段も、いつの間にか自然に身に付いていた。
その日は朝から何かが違っていた。
いつものように風に吹かれ、森を見下ろしていたユウヒは、胸騒ぎのような感覚を覚えた。
「なんだろう…森が騒がしい」
今まで様々な森の声を聞き、必要であれば対話してきたユウヒだったが、今日の声は今までのそのどれとも違っていた。
思えば、ここ数日、いくら閉ざしても声が溢れてくるような事が幾度かあった。
あれはすべて今日を迎える前兆だったのかもしれないと、ユウヒはぼんやりと考えていた。
自分の運命を知ったあの日以来、ユウヒは様々な事を四神から教えてもらった。
だがそれでも自分の知識や経験がまだ十分でない事は、ユウヒ自身が一番よくわかっていた。
「はぁ…私はまだまだ、知らない事だらけだ」
ユウヒは吐き出すようにそう言うと、四神に声をかけた。
「誰か、出てきてくれる? ちょっと教えて欲しいんだけど…」
声に出して呼ぶ必要はないと四神から言われてはいるが、ユウヒはあえて友人を呼ぶように四神のことを呼んでいた。
当の四神達も、そんな風に呼ばれることが嫌いではなかった。
「どうしました?」
最初に声をかけてきたのは玄武で、続いて朱雀、白虎、青龍も姿を現した。
いったいどういった仕組みになっているのかはわからないが、一番最初に四人と出会った時にユウヒが聞いた「常に共にある」というのは本当のようで、姿が見えない時でも呼べば必ず返事があり、必要であれば目の前にその姿を現した。
「何かあったのか、ユウヒ」
白虎がユウヒと並ぶように腰を下ろした。
「教えてって?」
主に対してなんの遠慮もない白虎の物言いにも、やっと慣れた他の三人がユウヒと白虎の背後に立った。
「何を教えればいいんですか?」
腰を下ろしているユウヒや白虎と目線を合わせるかのように、玄武が腰を低くかがめて声をかけてきた。
「うん…何だか今日は、森がずいぶんざわついてる気がしてね。何でかなぁって思って…」
ユウヒはそう言って、玄武の方を振り返った。
「クロ、わかる?」
「えっ? えぇ、まぁ」
のぞきこむようにユウヒに問いかけられて、ひるんだ玄武が言葉に詰まった。
王が自分達に何かを尋ねようとする時、それまでであればだいたい自分達は片膝をつき、王からは見下ろされるような形で相対していた。
ところが今回の王は、付き従うはずの自分達を、王自身と対等、もしくはそれ以上であるかのように扱い、友のように接してくる。
慣れてはきたが、やはりこうも間近で面と向かってこられるとまだつい無意識に引いてしまう。
そんな玄武の姿に苦笑しながらも、ユウヒはそのままの体勢でもう一度玄武に聞いてきた。
「わかる?」
――あぁ。この人はそういうお方だ。
玄武はそう思い直してその場に腰を下ろすと、ユウヒと目線を合わせて口を開いた。
「ユウヒも、この森の変化がわかるんですね?」
「うん。わかる。今までのどれとも違ってる」
「えぇ、違います。この感じはおそらく、渡りが行われるのだろうと思います」
「ワタリ?」
ユウヒは聞き返して他の三人の顔も見渡した。
真横にいる白虎が嬉しそうに笑う。
「そう、渡り。ホムラ渡り」
「ホ、ホムラワタリ?」
「あれ? 知らないのですか?」
後方から青龍が口を挟むと、ユウヒは声のした方に向きを変えて頷いた。
「うん。知らない。何なの?」
まっすぐに視線を向けて聞いてくるユウヒに、今度は青龍が言葉に詰まった。
思わず目を逸らした青龍は玄武と顔を見合わせ、二人して照れくさそうに笑みを浮かべた。
その様子を首を傾げて不思議そうにユウヒが見ていると、青龍が慌てて口を開いた。
「あの…ホムラ様がこの森を抜けて、都に上がられるんです」
「わざわざ守護の森を抜けるの? 大丈夫なの?」
ユウヒの様子で、何を考えているのかを察知した朱雀が、青龍の背後から声をかけた。
「妹さんが心配なんですね?」
「そりゃそうだよ」
ユウヒはみんなに背を向けて、何か考えているような難しい顔をして森の方を見つめた。
「ホムラの存在を知らしめるために森を通るのですから、襲われるような心配はないと思いますよ」
思いつめたような硬い表情をしたユウヒに、朱雀の声は届いていないようだった。
朱雀は一つため息をつき、言葉を続けた。
「心配なら、行ってみますか?」
「え…?」
ハッとしたように顔を上げたユウヒに、他の三人も笑って頷いた。