「えぇっ!?」
ユウヒがまた驚きの声をあげた。
その様子を見て、玄武は笑いながら言った。
「いきなり朱雀と一緒にその辺りの空を飛んでいらしてもかまいませんが…」
「えぇっ!? そんな事もできるの?」
「できますよ。我々の力をご存知ないから無理もないが…最初のうちはこちらで誰が適当か判断して手をお貸ししますよ」
「うん…頼むよ。何だか大変なことになってきたね。で、どうして剣舞なの?」
ユウヒが剣を取りにいきながら聞き返すと、玄武がちょっと躊躇ってから答えた。
「いえ、その…鞘についている細工も気になりますし。その…」
「ユウヒの舞いは、我々の知っているそれとは少し違いますよね?」
青龍が続いて、そのまま話す。
「興味があるのです。あなたがどんな舞いを舞うのか、見てみたいんです」
笑っていう青龍の言葉に、玄武が頷いた。
「戦うための剣ではないユウヒの剣を、我々はまだ見たことがないものですから。その…あなたの剣舞を、見せてもらえますか?」
遠慮がちに吐き出された言葉がユウヒの背中に響いてくる。
腰布を使って剣を後ろで交差させて固定すると、ユウヒは四人のところに戻ってきた。
「いいよ。何だか久しぶりだし…少し気恥ずかしいけど」
ユウヒは着衣で手の汗を拭き取って、鞘の位置を少しだけ低めに調節した。
「へぇ…なんか面白いな、それ」
白虎が鞘を指先でとんとんと突いた。
ユウヒの帯剣の仕方は、ホムラで通常教えられるそれとは違う。
白虎はその事を言っているのだろう。
「抜刀に妙な癖があるみたいでね。私はこれじゃないとだめなんだ」
ユウヒは笑いながら言って、胸の前で両手をすり合わせた。
「さて、どうすればいいの? 普通に舞ったらいいのかな?」
答えたのは白虎だった。
「普通にやって。そしたら途中からオレが出てく。初めてだし、オレの方が少し手伝うから」
「うん…よろしく頼むよ」
「固い固い〜! 難しく考えるなよユウヒ。絶対にわかるから! ここだって思った時にオレの名前を呼んで。声に出してもいいし、強く念じるだけでもいい」
「…わかった」
「よし。じゃ、オレちょっと消えるからな。でもいるんだからな!」
白虎の言葉にユウヒが頷くと、ニッと笑ったきり白虎の姿は見えなくなった。
その場に残った他の三人には、自分から離れるようにとユウヒは言った。
紐を使って剣を回すことを伝えて、間合いを十分に取る。
「よし。初めの舞でいいかな…じゃ、始めるよ」
ユウヒは剣を抜いた。
喜びで、ユウヒの鼓動が跳ね上がる。
森に入ってからは初めての剣舞だった。
剣を抜き、体の動くに任せて舞っていると、祭の夜の記憶が蘇ってくる。
煤けた煙と獣脂の焼ける臭い、肌にまとわりつくような少し湿った空気。
聞こえないはずの太鼓や笛の音が、頭の中で低く高く鳴り響いていた。
その時だった。
ドクンとひときわ大きく鼓動が伝わってきたのを感じ、その直後から全身の血が沸き立つような感覚を覚えた。
そしてその瞬間、ユウヒは無意識に口を開き、白虎の名を呼んだ。
「白虎!」
『おぅっ!』
返事はユウヒ自身の中から聞こえてきた。
そしてその返事が聞こえると同時に腕の痣と眉間に熱を感じた。
不思議に思いつつも舞いを続けるユウヒの目に、真っ白い自分の髪の毛が映った。
驚いて手が止まりそうになるユウヒに、内側から白虎が声をかける。
『大丈夫! 続けて、ユウヒ』
「えぇ? 何? 何これ?」
驚きと戸惑いの表情を浮かべて独り言を口にして、それでも舞い続けるユウヒの様子を六つの目が見つめている。
内なるやり取りが聞こえているかのように、皆楽しげな様子だった。
『声に出さなくてもわかるよ。ユウヒはオレの事、わかる?』
ユウヒはひたすら舞いを続けて、何か楽しくなってきて思わず笑い出した。。
『うん、わかるよ。なんかすごいね。自分じゃないみたいに力強い』
白虎が満足そうにしているのが、ユウヒにも感じられる。
『オレの力はこれ。オレはユウヒが剣を使う時に力を貸してあげられる。必要な時はいつでも呼んで。もちろん舞にだって、喜んで付き合うよ』
『わかった。ありがとう』
ユウヒが礼を言うと、自分の中から白虎の気配がすぅっと消えていった。
舞を続けながら周りを見ると、いつの間にか白虎の姿がそこにあった。
目が合うと嬉しそうにニカッと歯を見せて笑う白虎に、ユウヒも嬉しそうに微笑み返した。
初めの舞が終わり、剣を鞘に収めたユウヒは、程よく疲れて肩で息をしていた。
「どうでしたか?」
微笑みながら言う朱雀に、ユウヒは笑って答えた。
「うん、わかったよ。わかったけど…私の手に負えるのか心配」
そして思い出したように腕をさすった。
熱っぽかった腕も、もう何ともなかった。
「痣、ですか? あの炎の痣は、私達の力を使う時以外はもう消えるはずですよ」
「そうなの? ずっと消えなかったのに…」
不思議そうな顔をしているユウヒに、朱雀は静かに笑って言った。
「大丈夫です、ユウヒ。王である事を知って、王である自分をあなたは受け入れた」
青龍が言う。
「あなたなら大丈夫です」
玄武もそう言って頷き、白虎も嬉しそうに笑っている。
ユウヒは四人を順に見つめて、意を決したように言った。
「こんな頼りない王でいいのかって思うけど、できる限り頑張ってみるね。あの…よろしく頼むよ」
その言葉を受けて、四神はスッと身を引いて片膝をついて座ると、皆、右手を左胸に当てて恭しく頭を下げた。
その姿に戸惑いながらも、ユウヒは黙って四人を愛おしそうに見つめていた。