知暁


 朱雀の言葉は俄かには信じがたく、ユウヒは首を傾げた。
 それを見て朱雀は微笑み、さらに言葉を付け足した。
「そんな声がある事すらご存知なかったでしょう? でも今それを知った。そしてその声を聞くことができるという事も知った。ユウヒ、あなたには聞こえるはずです。それを知って下さい。さぁ…」
 立ち上がった朱雀がユウヒの手を引いて洞穴の入り口の方へ促した。
 ユウヒはされるがままに洞穴の入り口まで歩いていき、外に出た。
「ユウヒ。あなたは蒼月、この国の王なのです。それを受け入れて、心を開いて下さい。あなたにはこの森の、この国の声が聞こえるはず」
「この国の……」

 ユウヒは突き出した岩の先端に立って目を閉じた。
 吹き上げる風を感じて、その風が運んできた森の匂いを感じた。
 想像もつかない程の昔から、ずっと続いてきたたくさんの命がここにある。

 自分は、こんなに素晴らしい国の王なのだ。
 そう思った時だった。

「……えっ?」

 声というよりも、小さな…声にもならないような誰かの思念が、幾重にも重なってユウヒの中に溢れてきた。
 それはまるで想いの折り重なった音の洪水のようだった。
 ユウヒの様子でそれを読み取った朱雀が、後ろから声をかけてきた。

「いかがですか?」
「すごいだろ?」
 白虎が得意げに言った。

「うん、すごい…」
 目を開けたユウヒは、あらためて眼下に広がる森を見つめた。

 命の営み、生命の輝きを感じて、それまでとはまったく違うものに見えてきた。
 吹き上げる風すらも、何者かの想いを届けてくる。

「私は、本当に何も知らなかったんだなって…思い知らされるね」
 ユウヒは四人の方を振り返った。
「本当に私、蒼月なんだね。まだよくわかんないけど、頼りなくて自信もないけど…この国の、王様なんだね」
 照れたように笑うユウヒにつられて、四神達も笑みを浮かべた。

「あなたが聞こうとすれば、いつでも聞こえてきます。皆、あなたの事をずっと待っていたんですから」
 そう言って、また跪こうとする様子に気付いて、ユウヒは慌てて四人に駆け寄った。
「ほら、そういうのは無しだってば。戻ろう! 他にもまだまだ、私が知らなくてはならない事があるんでしょう?」
 四人の肩を順にポンポンと叩くと、ユウヒは先に立って洞穴の中に戻っていった。

 王としての自分を少しだけ受け入れたユウヒの後姿を、頼もしく感じて四人は顔を見合わせて頷き、その後に続いて洞穴に戻った。

「さてと…」
 ユウヒが少し呼吸を整えてから話し始めた。

「何だかもう私の想像の域を遥かに超えてる話になりそうだね。で、他に知っておくことって?」

 ユウヒが促すと、今度は玄武が口を開いた。
「我々との融合、でしょうか?」
「え? どういうこと?」
 驚いて聞き返すユウヒに、また得意そうな顔をして口を開いたのは白虎だった。

「オレ達は今こんななりをしているけど、本当の姿は獣だってのは知ってるよな?」
 ユウヒが頷くと、白虎はそれに答えて頷いて話を続けた。

「で、それぞれ能力っていうかさ、あるんだよ。例えば玄武は水だったり、朱雀は火だったり…そういうのをユウヒが自分の力として使えるんだよ」
「私が?」
「そう。その時の必要に応じて力の加減っていうのも可能だよ。オレ達の力を完全に使おうとした時には…そうだな、見た目はオレ達の本来の姿だけど、中身がオレ達とユウヒの両方が存在している感じ。オレ達はユウヒに従って動くんだ」
「へぇ…なんだかすごいな」
「でさ、ここがすっごい重要なんだけど…」
「その時は、真の名前でなければならないのです。我々も、ユウヒも」

 口を挟んだ玄武に、白虎が不満そうに食ってかかっている。
 その頭を片手で押さえたまま、玄武は楽しそうに話を続けた。

「ユウヒの意志は、我々に直接流れこんできますから余計な説明などはいりません。名前を呼んで頂ければ、我々はいつでも力をお貸しすることができます」
「そうは言っても…そんな、いったいどうやって?」

 ユウヒの表情から戸惑いが見て取れた。
 だが、他の四人はなぜユウヒがそんなに戸惑うのか、それこそ不思議に思っていた。
 四人の顔を見て、ユウヒの方がそれに気付いた。

「あぁ、わかった。知ればいい、っていうのね」
「そうです」
 青龍が笑った。

「我々の力はあなたの力でもある。あなたはただそれを知ればいい。知ることであなたは力を得ることができ、それが我々の力にもなるのだから」
 玄武の言葉は力強く、ユウヒの心にすとんと落ちてきた。
「わかりますか?」
「うん…わかるよ」
 玄武に問われてユウヒが頷くと、おもむろに白虎が立ち上がった。

「試してみるか、ユウヒ?」
「えぇっ!?」
 ユウヒは驚いたが、他は皆ゆっくりと頷いて、ユウヒにやってみるように促した。

「感覚だけわかれば誰を呼ぶのも同じですから。何か大変な事態の時に初めて試すよりもいいでしょう?」
 朱雀に言われて、ユウヒはそれもそうだと納得して立ち上がった。

「どうすればいいの?」

 尻に付いた土を払いながらユウヒが訊ねると、玄武が洞穴の奥に目をやって、思いついたように言った。

「剣舞を…我々に見せていただけませんか?」