知暁


「そう…」

 ユウヒはその名を聞くと、今度は両手を自分の胸に押し当てて、静かに目を瞑った。
 その様子を驚きと戸惑いの入り混じった表情で四人が見つめている。
 時々頷いたり首を振ったりするものの、ユウヒは黙って目を瞑り、手は胸に置いたままだった。

 やがて静かに目を開けたユウヒの表情は、今までに見たどれとも違っていた。
 戸惑いながらも心配そうにユウヒを見つめている四神を、なぜか懐かしそうに見回すと、ユウヒは静かに口を開いた。

「久しぶりだな、お前達…」

 四人の表情が驚きのあまり固まった。

「そんなに驚くな。ユウヒの好意で、今こうして話をさせてもらっている。この娘はどうやら、俺の魂を受け継いでくれたらしい」

「ヒリュウ殿…なんですね?」
 青龍が話しかけると、ユウヒは黙って頷いた。
「あぁ、そうだ。何がどうなったのかはよくわからないが、今、俺の魂はこの娘の中にある…この娘の魂と共にな」
 四人の表情から緊張感が消えるのを確認して、ユウヒの中のヒリュウはまた話を続けた。
「悪かったな、辛い思いをさせて。玄武、お前には特にな…」
 玄武は頭を振った。
 その様子を見て、ユウヒは安心したようにまた目を閉じた。

 次に目を開いた時には、ヒリュウと名乗った男の気配はもうどこにもなく、そこにいるのは紛れもなくユウヒでしかなかった。

 まだ戸惑っているような四人に向かって、ユウヒは笑って言った。
「短い時間でごめんね。話はできた?」
「はい…」
 玄武が返事をした。
「そっか。私の中からずっと声をかけてきてたのは彼だったんだよ。えっとヒリュウ、だっけ?」
「うん」
 白虎が嬉しそうに答えた。

「耳鳴りも止まった。ヒリュウは気付いて欲しかったんだね、自分の存在に」
 ユウヒはまた胸に手を当てて目を閉じ、そしてまたすぐに目を開けた。
「彼も一緒だって、大丈夫だよって。だから、元気を出して、ね?」
 ユウヒが四人の顔を順に覗き込むと、四人は照れくさそうに笑った。
「うん。それでいい。じゃ、悪いんだけど…話を続けてくれるかな?」
 さっきまでユウヒの腕に抱かれて泣いていた朱雀が、笑顔で頷いた。

「では、この国については…もう大丈夫ですか?」
 その言葉を聞いてユウヒは何か言いかけたが、突然笑みを浮かべると、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「うん。大丈夫。彼が…ヒリュウがいることで、なんでだろう? ヒリュウの存在に気付いただけで何だかいろいろわかっちゃったみたい。漠然とだけど」

 笑いながら言うユウヒに、朱雀が驚いたような顔をして言った。

「そう、ですか? ならばこれからの話も早いかも知れませんね」
「どういうこと?」
「あなたにとって『知る』ということは特別な意味がある、ということです。それを今からお話します」
「うん。よろしく頼むよ」

 ユウヒがまた足を崩して座ると、四人もまたそれにならって座った。
 他の三人を確認して、朱雀がそのまま話を続けた。

「さきほど言った通り、私達は王がこの国のために立っている限り王と共にあります。王の下、この国を守護する者としての本来の力を得る事ができるのです。この国の妖、獣など、そのほとんどは守護者となった私達に従います」

 朱雀の言葉にユウヒがふっと目線を上げた。

「ということは…王の下にない時のみんなはどうなるの?」
「尤もな疑問です。守護者としての力をもたない我々には、妖達を押さえ込むだけの力はありません。ただ国を見守る者として存在します。民を護るというよりも、国を、そこにあるすべてを護るといった感じでしょうか」
「そうか。じゃ、今は?」
「今は…後者に近いと思います、おそらく」
「おそらく?」
 ユウヒが言葉を繰り返して訊ねると、青龍が口を開いた。

「これまで、と言ってももう二百年以上も前の話となりますが、次代の王はすぐに都に上がり即位の礼が行われていましたから。今回のように王が選ばれてから即位の礼までが、その…」
「あぁ、そういうことか」
 言い淀んだ青龍の意図をユウヒは汲み取ってその先の言葉を待たずに返事をした。

 少し考え込んだ後、ユウヒはまた訊ねた。
「今の状態は王が不在である時と変わりないということ?」
「正直なところ、我々にもわからないのです。ただ、これまででしたらこの森の妖が王に襲い掛かるなど、あり得ませんでした」
 青龍の言葉に他の三人が頷いた。

「そうか…まぁあの時は私自身、自分が王だってことを知らなかったからね。あっ!」
 ユウヒがハッとして青龍を見つめると、青龍は頷いて言葉を続けた。

「そうです。今のユウヒは自分が王である事をご存知で、我々を従えている。それを知っているということは…」
「あなた達には守護者としての力があり、この森…いや、この国の妖、獣達のほとんどはあなた達に従うはず」
「えぇ。おそらく、ですが…」
 青龍が答えると、玄武がその後を続けた。
「どの段階をもってして王が立ったとされるのか、わからないのです」
 玄武の方を見てユウヒは頷いた。
「まぁ、森に下りてみればわかるね。危ない真似はしないつもりだけど…」
 その言葉に白虎が笑った。

「どうだかなぁ、ユウヒのことだから! でもさ、そんな真似しなくてもわかる方法はあるよ」
「え?」
 こともなげに言う白虎を、ユウヒは驚いたように見つめた。
「どうやって?」
 そう聞かれて、白虎は楽しそうに答えた。

「ユウヒが王だって認められたんなら、人以外の者達の言葉もわかるはず。洞穴の入り口に立ってごらんよ。森の声が聞こえるはずさ」
「森の、声?」
 驚いて聞き返すユウヒを見つめて、四人が頷く。
 朱雀が口を開いた。
「妖や獣達の中には高等な言葉を操っている種族もおります。それ以外にも、この世に存在するあらゆるものは皆それぞれ声を持っています。王は、蒼月はその声を感じることができるのです」