知暁


 青龍はそこで一旦言葉を切った。
 そしてため息ともうめき声ともつかぬ声を漏らすと、顔を歪めてその場に蹲ってしまった。

 朱雀はそんな青龍に近寄りその傍らに立つと、一言二言声をかけた。
 青龍は黙って頷くと、玄武や白虎と同じように姿を隠してしまい、そこから先は青龍に代わって朱雀が話を続ける事となった。
「そんなに心配なさらずとも大丈夫…」
 朱雀の言葉にユウヒが頷くと、朱雀は静かに話し始めた。

「蒼月亡き後は、朔殿とその将軍が中心となり、国の建て直しが一気に進みました。離れかけていた国民の気持ちもどうにか繋ぎ止めることもできたのです」

 話を続ける朱雀はとても苦しそうに見えたが、ユウヒはあえて止めようとはしなかった。
 朱雀もユウヒの心がわかっているようで、話をやめる気配は見せていない。

「それと同時に朔殿が行ったのが、真の歴史の隠蔽です。隠蔽と言っても悪意からではなく、隠す事によって守ろうとなさったのだと。それは、その…手紙に書いてある通りだと思っています。必ずしも今のクジャが、朔殿達が思い描いた通りの国とは言えませんが…」

 朱雀はそこで一息ついた。
 その様子を黙って見ていたユウヒは、やはり胸が苦しくてたまらなかった。
 朱雀は自分を見つめるユウヒに向かって笑みを浮かべると、またゆっくりと口を開いた。

「蒼月と朔が国を動かしていくという体制から、朔や大臣を中心とした体制へと切り替わり、息を吹き返した国は程なく動き始めました。そして国にまた活気が戻って来た頃、将軍が我々にあるお願いをしに来たのです。将軍の、ご自分の命を絶ってくれと…」

 ユウヒは頭を抱えるように耳を押さえた。
 痛いほどに耳鳴りがひどくなったためだった。

 しかしユウヒは、それでもその話を聞く事を諦める気にはなれなかった。
 心配そうに駆け寄ってきた朱雀に対して首を振り、話の先を促した。
 朱雀は最初それを拒否したが、ユウヒに強く言われたため、心配そうにユウヒに寄り添ったままで話を続けた。

「国を建て直したいという思いからとはいえ、王の命を奪った行為は許されるものではない。そしてこの国も建て直したとはいえ、本来あるべき姿とはかなり異なったものとなっている。この国が少しでも永きに渡って栄えていくためにも…」

 話が途切れ、何事かと顔を上げたユウヒの横には、今にも泣きそうな顔をした朱雀がユウヒを見つめていた。
 ユウヒはそっと手を伸ばすと、朱雀をすっと抱き寄せた。

「この国の理を破った自分を、この国の理そのものでもあるあなた達の手で葬ってもらおうって考えたんだね…」

 言葉を失ったままの朱雀の目から涙が溢れた。
 朱雀を抱く腕に力を込めると、朱雀はその体をユウヒに預けて、ただ静かに涙を流していた。
 いつの間にか、また姿を現していた他の三人が、ユウヒと朱雀を取り囲むように立っていた。

「辛かったね…」
 ユウヒがそう言うと、苦しそうに歪んだ笑みを浮かべて、白虎が黙って頷いた。
 青龍から、玄武へと視線をうつしたその時、ユウヒは体がふわっと浮くような感覚を覚えた。
 その途端、ユウヒの口から思いもかけない言葉がこぼれ出た。

「すまなかったな、玄武。お前には、本当に辛い思いをさせたと思っている…でも、俺はザインほど頭が良くないからな。あれが…あれがもう精一杯だったんだよ」

 口をついて出た言葉に、わけもわからず唖然とするユウヒの腕の中で、朱雀の体が緊張で強張った。
 他の三人は呆然と立ち尽くし、血の気の引いた蒼褪めた顔をして、ユウヒの事をまるで信じられない何かを見たかのように凝視していた。

「あれ? えっと…あれ?」
 自分が何を口走ったかわからず、首を傾げるユウヒに、朱雀を押しのけて玄武が詰め寄った。
「なぜ朔殿の…ザインの名を知っているんです? なぜ…なんで俺が……」
 今にも泣き出しそうな顔をして詰め寄ってくる玄武に、最初は戸惑っていたユウヒだったが、ゆっくりと一息つくと玄武をまっすぐに見据えた。
 そして手を伸ばしてその頬にそっと触れると、ユウヒは玄武に静かに話しかけた。

「クロ…ありがとう。やっと耳鳴りが止まったみたい」

 玄武はその言葉の意味がわからず、ユウヒをただ見つめていた。
 ユウヒはそんな玄武を見つめ返すと、優しく微笑みかけた。
「ねぇクロ。その将軍の名前を私に教えてくれる?」
 優しく話かけてくる主の声を聞いて、玄武は我に返り、静かに目を閉じた。

「その方の名は…ヒリュウといいます。禁軍将軍ヒリュウ」