知暁


 口を開いたのは玄武だった。

「お婆様からのお手紙は拝見しました。あの手紙の内容に沿って、我々からも話しておこうと思うのですが…」
 玄武の言葉に他の三人が頷き、それを確認した玄武はユウヒの方を向いた。
「話を始めても?」
「うん。いいよ」
 ユウヒが答えると、玄武は頷き話を始めた。

「まず…この国についてです」
 ユウヒは手元に戻ってきた手紙に視線を落とし、そしてまた玄武の方を見た。
「いいよ、続けて」
「では」
 玄武は一息つくと、話を始めた。
「その手紙にあるように、この国はかつて、ここにあるすべての者にとっての母たる国でした。それが人間のための国家に変貌を遂げ、その他の民族は異端者として追われ居場所を失い、この守護の森に逃げるようにして集まってきたようです」

「なんで? どうしてそうなったの?」
 口を挟んだユウヒの言葉に、玄武の顔が曇った。
「…? クロ、どうした?」
 様子のおかしい玄武にユウヒが訊ねた。
「そこは私が…」
 青龍が割って入った。

「昔、王である事を放棄して、政に全く関心を示さなくなった蒼月がいたのです」
「ふ〜ん…それで?」
 玄武の様子を気にしつつも、ユウヒは話の先を促した。
 青龍の方も、やはり玄武を気にしているようだったが話を止めることはしなかった。

「国はどうにも立ち行かなくなり、国に住まう民達の不満も膨れ上がって…」
「どうにかしようと、周りの人間は動かなかったの?」
 ユウヒが少し語気を強めて言うと、朱雀が苦笑してそれに答えた。
「今とは違って、政は王を中心に行われていましたから。勝手に国を動かすことはできなかったのです」
「あなた達は?」
「えっ…」
「あなた達は何もしなかったの?」
 ユウヒのその尤もな疑問には、白虎が答えた。

「オレ達はさ、蒼月の意志に沿わない事って、できないんだよ」

 悔しそうにそう言った白虎は、玄武の隣に移動した。
 いつもは玄武に窘められてばかりいる白虎だが、今は心配そうに玄武に寄り添って小さい声で何か話しかけていた。

 白虎の言葉を聞いたユウヒは、驚いたように四人を見回した。
 朱雀がゆっくりと頷き、青龍が口を開いた。
「我々四神は、王が存在する限り王の下にあります。よほどのことがない限り…王がこの国を見放さない限りは……」
「つまり私達は、王がこの国のために立っている限り王と共にあるのです。王の下、この国を守護する者としての本来の力を得る事ができるのです」
 朱雀が言葉を継いだが、ユウヒはますますわからないといったふうに聞き返してきた。

「政に関心を持てなくなったんでしょう? それなのにあなた達は王の…」
「いえ、その…当時の蒼月は何というか……」

「我々が動くよりも先にっ!」

 朱雀が言葉を探していると、その言葉を玄武がさえぎった。

「それよりも先に、動いたヤツがいたんだよ…」
 顔を上げた玄武は、泣きそうな顔をしていた。
「どういうこと?」
 ユウヒは玄武を見て言ったが、玄武は俯き、代わりに答えたのは白虎だった。

「その時の禁軍将軍がさ、王を倒したんだよ」
 それだけ言うと、玄武と白虎は姿を消した。

「え?」
 二人の消えたあたりを驚いて見つめるユウヒに、残った二人が声をかけた。

「姿が見えなくなっただけです。白虎も玄武もそこにおります」
「ユウヒ、この話の続きをお聞きになりますか?」
 青龍の問いに、ユウヒは迷わず答えた。
「聞きたい。クロの様子も気になるし。それに…」
「それに?」
 青龍が問い返した。

「なんだろう…さっきから耳鳴りがすごいんだよ」
「耳鳴り、ですか?」
「そう。私が蒼月となってからずっと続いている耳鳴りが、この話になってからひどくなってる」
 青龍と朱雀が顔を見合わせて困惑しているのを見て、ユウヒが言葉を継いだ。
「ずっと誰かに呼ばれてる感じなんだよ。あなた達に会ってもそれは消えなかった…だから、その話の続きが知りたい。関係ないのかもしれないけれど、でも聞いておかなくちゃいけない気がするんだよ」

 ユウヒはなぜか必死になっている自分が不思議でたまらなかった。
 衝動、とでも言うのだろうか?
 自分の意志とはまた別の何かに突き動かされているかのように、言葉がユウヒの口から溢れてきていた。

「…わかりました」
 青龍が静かに話し始めた。
「その時の蒼月は、何というか…とても儚いと言いますか、もう王でいる自分に疲れていたように思います。朔殿が再三に渡って助言をしても、頑ななまでに耳を傾けようとはしませんでした」

 ユウヒは黙って聞いていたが、なぜか苦しくてたまらなかった。
 聞いておきたいと強く思うのに、胸が張り裂けそうに痛んだ。

 青龍は、ユウヒの様子を気にしながらも話を続けた。
「朔殿については、さきほどの手紙でユウヒもおわかりですね?」
 ユウヒは黙って頷いた。
「当時の朔殿と禁軍の将軍はお互いをとても信頼しておられて、朔殿はよく蒼月について、将軍に相談しておられたようです。その将軍は、蒼月と同郷の方で…」
「ホムラの?」
 ユウヒが口を挟むと、青龍は黙って頷き、また話を続けた。

「とても…その、蒼月の事を大切に想っておいででした。朔殿の話が通らないとなって、昔馴染みの将軍が動いたのです。王と将軍としてではなく、友人として話をしようと…そうお考えになったのだと思います。その頃の蒼月は、見ているこちらも苦しくなるほどに思い詰めておいででしたが、将軍と話をするようになってからそれも随分和らいだようで…とても穏やかな顔をなさるようになりました。ですが…その数日後でしたか、蒼月は将軍によって、その命を絶たれたのです」