知暁


「えっと、う〜ん…やっぱり話しにくいな」
 ユウヒが苦笑した。

「やっぱりまず名前から聞いていいかな? 私はあの…わがまま言って悪いけど、もうしばらくはユウヒでお願い」
 ユウヒの言葉一つ一つに、四人は顔見合わせて嬉しそうに笑った。
 それを見て、ユウヒもゆったりとした気持ちになっていた。

「あと、もう一つ。あの…このままでは話しづらいから、もっとその…」
 ユウヒが少し困ったように言った。
「その堅苦しい座り方、どうにかならないかな? あと喋り方ももっと普通に…私はその…まだ王って言われても、ね。だから…」
 四人は片膝を立てて腰を下ろす、身分の高い人間に拝謁する時の座り方をしていた。
 それだよ、という風にユウヒが苦笑すると、戸惑いながらも四人は足を崩してそれぞれの良い様に座りなおした。

「堅苦しいのはオレも苦手! 本当にいいのか、ユウヒ?」
 嬉しそうに言うシロを見て、クロが口をパクパクしている。
 アオがそれを手で制したのに気付くと、シロは勝ち誇ったような顔をしてクロを見ていた。

「いいよ。その、いろいろあるのはわかってるつもりだけど…この五人でいる時は、そうしてて欲しいんだ」
 ユウヒの言葉に、アカが嬉しそうに笑った。
「わかりました。ではお言葉に甘えるとします」
「それが堅っ苦しいんだよ! あのさ、ユウヒ。オレもっとユウヒって怖い人かと昨日思った!」
 やっと言えたと言わんばかりのシロの言葉に、他の三人が固まった。

「あれ? どうした?」
 とぼけた顔をしたシロと、それとは対照的な三人を見て、ユウヒが噴出した。
「あははははは、そうだよね。私も昨日はいっぱいいっぱいだったから…ごめんね」
「そうだったのか! オレ、こんな怖い人に仕えるのかって、正直うんざりしてたんだよな!」
「あはははは」
 こんなに笑うのはいつぶりだろうかと、ユウヒは笑いながらそう思っていた。
 一緒になって笑うシロをよそに、他の三人は小さくなっている。
「いいの、いいんだよ。そんなに気を使わなくても」
 ユウヒはそう言うと、一、二度深く息を吸って呼吸を整えた。

「さて、じゃあそろそろ教えてもらおうかな。あなた達、名前は何と言うの?」
 四人の顔を順番に見つめながらユウヒが訊ねると、その言葉にはクロが答えた。
「そうだな。名前を知ってもらうのが、たぶん我々が何者かを知ってもらうのにも一番早いと思う」
 それを聞いた他の三人も一様に頷いた。

「じゃまず…」
 クロがおもむろに全員の紹介を始めた。
「俺が玄武だ、よろしく頼む」
「え…?」
 目を見開き、身を固くしたユウヒをよそに玄武と名乗ったクロが一人ずつ名前を告げていく。 「で、そっちの白いのが白虎、この青いのが青龍、そして文字通り、紅一点が朱雀だ」

 ユウヒは自分の耳を疑った。
 驚いた顔で四人の顔を改めて見回す。
「あの…あなた達…あ、あなた方は…この国の四神なの…ですか?」
 皆さっきまでと同じ笑顔で、ユウヒの方を見返していた。

「今度はユウヒの方が堅苦しい話し方してる」
 言葉遣いまで変わったユウヒに白虎が言った。
「自分でそういうのやめようって言ったんだろ?」
「いや、だって…」
 そう言うとユウヒはその場に立ち上がり、何事かと戸惑う四人の前にすっと片膝を立てて座ると、右手を左胸に当てて頭を下げた。

 その様を見て、驚いたのは四人の方だった。
「ちょっと、ユウヒ!」
「やめてください、そんな…」
 朱雀がユウヒをとめて、青龍もそれに続く。

 自分達の主である人間の突然の行動に、四人は慌ててユウヒに駆け寄ると、どうにかしてやめさせようと必死になった。
「いいから! 一度だけでいいから、こうさせて!」
 大きな声でユウヒに言われて、戸惑いながらも四人は手を引いたが、どうしていいのかわからない。
 もじもじとしながらユウヒのまわりに立ちすくんでいた。

 ユウヒはゆっくりと顔を上げ、困り果てた四人に向かって笑みを浮かべると静かに言った。

「ずっと小さい頃から、あなた達は国を護ってくれている神様だと聞いて育ってるんだよ。この国に住む者としてあなた達に敬意を表すのは当然でしょう」

 言い終えるとユウヒは、また頭を深々と下げた。
 上に立つ身でありながら、迷うことなく自分達に向かって最高位の敬意を表し頭を下げるユウヒを、四人は静かに見つめていた。

 心の中に熱い想いがこみ上げてくる。

 ――あぁ、間違いない。この方だ。

 ――私達が待ち続けてきたこの国の真の王。

 ――我々の主。

 ――この方が蒼月なんだ。

 顔を上げたユウヒの前には、信頼と喜びに満ち溢れた笑顔で、幸せそうに自分を見つめる四神の姿があった。