長い長いその手紙は、孫を心配する祖母の優しい言葉で締めくくられていた。
この手紙を書き留めるまでに、自分を森へ送り出すまでに、いったいどれほどの葛藤があったのだろうか。
それを想像するだけで、ユウヒは胸が張り裂けそうなほどに苦しくなった。
心のどこかで、これは自分自身の、自分一人の問題だと思おうとしていた。
ただこうして現実を突きつけられて思う。
「はぁ…甘かったなぁ……」
思っていた以上に事は重大だった。
「王様なのかなぁってのは、思ったりした事もあったけど…こんな、こんなのって……」
背負いきれない、ユウヒはそう思っていたが、口に出すことはできなかった。
もしもそれを口にしてしまったら、本当に切れてしまいそうだったのだ。
ずっと必死になって頑張ってきたが、ピンと張り詰めた心の糸はもう限界に近かった。
そこへ来て、真実を知り、自分を取り巻く状況の深刻さと事の大きさを思い知らされた。
正直なところ、今さらのようにユウヒは逃げだしてしまいたい気持ちに駆られていた。
「まいったね、こりゃ…はぁ……どうしたもんだか」
読み終えた手紙を元のようにくるくると巻いて自分の傍らに置くと、ユウヒはその場に蹲り、膝を抱えて丸くなった。
高鳴る鼓動が、耳についてうるさい。
膝が笑う。
膝を抱える腕も震える。
動き出した運命の大きさを知り、全身が竦んで震えが止まらない。
泣き出したくなるのを必死にこらえ、膝を抱く腕に力を込める。
歯を食いしばり、乱れる呼吸に肩が大きく上下していた。
「…蒼月?」
ふいに背後から女の声がした。
今、一番聞きたくない名前で自分を呼ぶ声に、思わずカッとなり顔を上げたユウヒは、頬を紅潮させて声のする方に怒鳴りつけた。
「その名前で私を呼ぶな! 私はユウヒだと言ってい…る……」
そこには声をかけた女の他に三人の男が立っていた。
何となく拍子抜けして、言葉尻の方の怒気が消えていた。
いつから洞穴の中に入っていたのかと不審に感じて、無意識にユウヒは視界の中で自分の剣の位置を確認する。
その様子に気付いた男の一人が声をかけてきた。
「そんな怖い顔しないでよ、えっと…ユウヒ、だっけ?」
ひとなっつこい顔をした白髪の男がそう言うと、そのすぐ横にいた黒髪の男が軽く小突いて白髪の男を制する。
「お前はまた、そんな言葉遣いで…」
その様子を青い髪のきれいな顔をした男が、うっすらと笑みを浮かべて眺めていた。
ユウヒの力が自然と抜けて、膝を抱えていた腕が解かれる。
それを見て最初に声をかけてきた女が近づいてきた。
見事な赤い髪をしたその女は、とても嬉しそうに、愛おしそうにユウヒの事を見つめている。
怒鳴りつけてしまった自分が恥ずかしくなるほど、その女の様子は穏やかで、その事がユウヒの心を少しだけ落ち着かせた。
「あの…大丈夫ですか?」
赤い髪の女が心配そうに首を傾げてユウヒの様子を伺っている。
後ろの三人も同様に、ユウヒを見つめていた。
「あぁ…うん。大丈夫…あの、あなた方は?」
あまりに親しげな女の様子に、怒りは忘れ、それ以上にユウヒは妙に気恥ずかしくてたまらなかった。
それでも目を逸らさずに、赤い髪の女を見つめて訊ねる。
「おかげで何だか落ち着きました。えっと…あなたは……」
もう一度同じ問いを繰り返したユウヒは戸惑っていた。
目の前の四人は、明らかに自分の事を知っている。
「わかんないかな〜、オレ達、昨日もあってるんだけどなぁ〜」
白髪の男が、頭を描きながら困ったように言った。
「え? 昨日?」
ユウヒが聞き返すと、四人はそれぞれに頷いた。
昨日出会った四人と言えば、あの四人の子どもしかいない。
だが、ここにいる四人はもう立派な若者で、まったくユウヒの記憶にない顔だった。
あらためて、ユウヒは目の前にいる赤い髪の女の顔をまじまじと見つめた。
少し照れたように見つめ返してくる女の瞳に、ユウヒはなぜか見覚えがあった。
この目は、この感じは…
「あっ、お前は!」
ユウヒが驚いて、声を上げる。
洞穴の中の空気がふわっと柔らかくなった。
やっと気付いてくれたかと、赤い髪の女は嬉しそうに微笑んで言った。
「おわかりになりましたか?」
そう言って、ユウヒの方に手を差し伸べてきた。
その手を取り、ユウヒは女に向かって言った。
「お前は…アカ、なのか?」
赤い髪の女は黙って頷き、他の四人も、嬉しそうにユウヒの事を見つめていた。