今、このクジャ王国を動かしているのは大臣を中心とした官吏や役人達だ。
王はもちろんいるが、実際の政にどれだけ関与しているのか、よくわからない。
舵取りを含め、すべて役人達がやっていると考えてまず間違いないと思っている。
実際、長い間それが当たり前だったし、誰も疑問に思うものなんていなかったんだ。
だが、真の歴史を知る者が、役人の中にどうやらいたらしい。
いったいその者がどうやってそれを知ったのかはわからない。
ただその人物は、王の崩御という大きな転換期を迎えて、ついに行動を起こしたんだ。
長い間、人々の記憶の中からも消え去っていた古の慣わしを、たった独りで実行したんだね。
それが祭の前にホムラの郷に飛び込んできた早馬と宮からの遣いだ。
遣いは王の崩御を郷に知らせた。
年寄り衆ですら、ほとんどの者が戸惑って言葉を失っていたよ。
なんせもう二百年以上も忘れ去られていた慣わしだからね。
その者にしてみれば、これは大きな賭けだったろうと思う。
ホムラの郷に真の歴史を知る者が存在しなければ、遣いは全く意味のないものになってしまう。
でも私は知っていたんだよ、その遣いが何をもたらすものなのかってのをね。
祭で起こることについては話したとおりだよ、リンの許にホムラ様が降りてこられたろう。
話していないのは、ユウヒ、お前に起こったことについてだね。
この国は本来、国王と、王と対をなす者との両翼によって支えられているものだったんだよ。
王はこの国を守護する者達を従え、その対をなす者も同じように国を支える者達を従える。
守護者達を従えた王には、この国のすべての者を統べる力が宿るそうだ。
対をなす者は、どうやら役人の頂点に立つ者のようだが、今の大臣とはまた別の存在らしい。
そしてその者は王を支える者としての名を与えられる。それが「朔」だ。
朔と対をなすこの国の王は、人の意志ではなく神の意志によって選ばれる。
それこそが真の王であり、王は新たな命をこの国にもたらす者となる、わかるかな?
新たな命を生み出すことができる者、つまりこの国の真の王は「女」だということだ。
そして、その者にも同様に王としての名が与えられる。
その者の名は「蒼月」、この国でその名を名乗る事が許される人間はただ一人。
大昔、鳥獣に仕えていた一族の末裔と言われるホムラの血を受け継ぎ、神宿りの儀において神の宿った娘に選ばれた者だけ。
わかるだろう、ユウヒ。お前のことだ。
お前こそが神の意志によって、この国の真の王に選ばれた者。
「蒼月」を名乗る事を許された、唯一無二の存在なんだよ。
こうなる事はもうずいぶん昔にわかっていたのかもしれない。
お前が生まれる前の年、神の遣いと言われる子がホムラの郷に生まれたんだ。
もちろんみんなただの迷信だと思っていたし、この言い伝えに隠された真実を知っている者はほとんどいない。
だが私にはわかってしまったんだよ、この先1年ほどの間に生まれる子どもの中に、この国の王がいるんだって事がね。
そしてお前が生まれた。もしやとは思っていたが、まさか本当にそんな日が来るとはね。
正直なところ、お前には平凡でも幸せな人生を歩んでいって欲しいと思っていてね。
こうしている今も、まだ心が迷って苦しくてたまらないんだよ。
だから私は、今まですべてを隠して、お前には何も伝えなかった。
伝えられなかったんだよ、ユウヒ。
だが伝えないわけにいかないのもわかってはいた。
だからこうして、この手紙を書いたんだ。
ずるいやり方だとは思ったが、お前に任せてみようと思ったんだよ、ユウヒ。
そしてお前が自分と向き合おうという気になるその時まで、すべてを伏せようと決めたんだ。
もちろんこの事は年寄り衆は知らない。
すべてお前に話したもんだと思ってる、ユンをのぞいてだけどね。
あいつは長老だから、一応すべてを伝えておかなくてはと思ったんだよ。
すべてを知った今、この先どうするかは自分自身で決めなさい。
実際、この国は間違った形だか知らないが動いちゃいるんだからね。
ここでお前が出張っていかなかったところで止まったりはしないよ。
今までみたいにこの先だって、ずっとこのまま続いていくんだ。
後悔のない道を歩いていって欲しいし、そして何よりも幸せであって欲しい。
年寄り衆からの助言なんてもんより、孫を取っちまうんだから、私も相当の大馬鹿者だね。
この国の行く末よりも、私はお前の事が心配でたまらないんだよ。
どうにかして助けてやりたくて、私はスマルに全てを話した。
この先のどこかで、必ずお前の事を助けてくれると思ったからね。
こんなに大変な事を、今まで黙っていたことを許しておくれよ。
そして隠し通すことも出来ずに、大きな運命を背負わせてしまった事も、勘弁しておくれね。
どこにいても、どんな時も、お前の幸せを祈っているよ。
チコ