手紙


 ユウヒへ

 この期に及んでまだ、言おうか言うまいか迷っているよ。
 自分がこんなにも孫に弱い婆さんだとは、さすがに思ってもいなかったな。
 でもね、ユウヒ。
 お前がこの手紙を目にするその時、きっとお前はそれなりの覚悟をしているんだろうと思う。
 腹をくくったそんな孫を前に、いつまでも情けない婆さんでおるわけにもいかんだろう。
 だから私もここは覚悟を決めて、私の知る全てをここに記すことにしようと思っているよ。

 まず最初に、一つ、断っておくことがある。
 お前達が幼い頃、郷塾で教わったこのクジャ王国の歴史。あれは嘘だ。
 これを知る者はホムラの郷の年寄り衆の中でも数人。
 この広いクジャの中でも、おそらくいくらもいないだろう。
 だから「その時」が来るまで、この事は一切他言無用だよ、絶対にな。
 その事を頭においた上でこの手紙を読んで欲しい。

 西方にある砂漠の国ルゥーン王国。
 北方、山岳地帯のガジット。
 守護の森の向こう、東方の国、ヒヅ皇国。

 この三国に囲まれた母国クジャ王国は、交易の町ライジ・クジャを中心に古くから栄えてきた。
 広い国土の各地に散らばった民は、それぞれの場所で各々の暮らしを営んでいる。
 この国のどこへ行っても目をそらしたくなるような貧困というものはないだろう?
 皆それなりの生活をおくっているはずだ。

 ただそれは人間については、の話。
 今でこそ恐れられ、守護の森にのみその居場所がある妖魔や妖獣達。
 かつては彼らも、我々人間と同様にこの国の住民だったはずの民族だ。
 妖魔や妖獣、獣人、鳥人などの多種多様な民族、そして人間。それらの間にいる半妖、半獣。
 半分だけ人間の混ざった者達は、森に戻ることも許されずに、それは大変な暮らしを強いられているようだよ。
 だがそのすべての者達によって築き上げられた豊かな国こそがクジャ王国だったんだ。
 それがいつの間にか人間だけのための国に成り代わってしまったんだね。

 それはある時代の、一人の男の意志によるものらしい。
 ただその者はこの国を壊そうとしたわけではない、と伝わっている。
 当時、どうにも立ち行かなくなったこのクジャを、その男は救おうとしたんだ。
 その男の志は受け継がれて、それまでとは違う形でこの国は息を吹き返したそうだ。
 そうしてあたかも昔からこの国がそうあったかのように、歴史そのものが改ざんされたんだ

 ただその歴史の改ざんにも、一つの意志が働いていたんだよ。
 国を想うその男の志を継ぐ者が、真実の歴史を書に残してこの国のどこかに隠したんだ。
 そのうちの一つがホムラの郷の、私のもとにある。
 この国の真の姿を、後の世にも伝えようとしたんだろうね。
 長い歴史の中で、いつかこの国をあるべき姿に戻してくれる存在が現われる事を信じてね。
 この書については極秘事項として、その史実自体も含めて闇に葬られた。
 真の歴史を認めた書はいくつかあるらしいが、ホムラ以外のその所在は私も知らない。

 だが長い年月を経るうちにその意志も薄れていったんだ。
 気が付いたときにはもう人間以外の民族にとっては、暮らしにくい国になってしまっていた。
 「支配欲」や「出世欲」なんていう様々な人間の欲が、多くの大切なものを消し去っていったんだろう。

 真の歴史を闇に葬りながらもこっそり遺したっていうのも、こうなることがわかっていたからなのかもしれないね。