遭遇


「気が付かれましたか?」

 少しずつ鮮明になっていく視界の中に、見知らぬ少女がいた。
「怪我ならもう大丈夫です。たいしたことなくて良かった…」

 ――誰だ? 私はいったい…?

 ぼんやりとした頭がだんだんとハッキリとしてくる。

 ――そうだ、妖獣に襲われて闘っているうちに気を失って…

 ハッと我に返り起き上がる。

 ――そうだ! 剣!

 慌てて身の回りを探す。さっきまで妖獣にその鋭い切っ先を向けていた剣は二本とも鞘におさめられ、すぐ横に並べて置いてあった。

「大丈夫。あやしい者じゃありません」
 少女は静かに微笑んでそうつぶやいた。

 ――大丈夫? そんなわけないだろう?

 まだ痛みの残る体でよろよろと立ち上がり、剣を抜くと少女の鼻先に突きつけた。
 少女はピクリとも動かず、目を瞑る様子すら見せなかった。

「こんな妖だらけの森で、お前のような子どもが一人きり。なぜ無事でいられる?」
「私は、子どもではありませんし、一人でもありません」
「なっ、バカな事を!!」
 気が付くと、その少女以外にも三人。その四人で自分を四角く囲むように静かに座っていた。
「子どもばかり四人。こんな森で何をしている? なぜ私を助けた? 何が目的だ!」
 他の三人は皆大きな布を頭からかぶるようにまとっており、表情が見えない。
 何かをしきりにぶつぶつと口の中で唱えている。呪文か何かだろうか?

「何をしている?」

 もう一度問い質すが、他の子ども達からは呪文のような音が聞こえてくるだけで返事はない。
 再び少女が口を開いた。

「これは、妖達からあなたをお護りするために結界を敷いているのです。今の私達では結界を維持したままで話をするのは難しい。皆に頑張ってもらっているから、私だけは何とか口をきくことができるのです」
「結界? 私を護る、だと? …お前達、何者だ?」
 そう言われた少女は顔を上げ、不信そうに自分へ向けられた視線をまっすぐに正面から見返して答えた。
「…私はアカ。この者達はクロ、アオ、シロと申します」
「…? 変わった名だな。で、アカと言ったな。お前達はなぜそんな大変な思いをしてまで結界を敷き、私を護る? こんな素性の知れぬ旅人など、捨て置けばよいものを…」
「それは…」
 少女の必死な様子に、思わず剣をおさめて耳を傾ける。
「それは、あなた自身が一番よくご存知なはずです」
 下ろしかけた手をピクリと止め、またいつでも抜けるようにと剣を強く握り締める。
「私が…?」
 訝しげな顔をして聞き返すが、少女はひるむ様子もなく、静かにこちらを見つめていた。
「はい。薄々わかっては、いるのでしょう?」
 剣から手を離し、尻餅をつくようにその場にストンとへたり込んだ。

「わかりませんか?」
 少女は続ける。
「私達は子どもではありません。というよりも、人ですらないのです。…強いていうならば、聖獣、でしょうか」
「セイジュウ? 妖の類か?」
「いいえ。私達は人でも、妖でもありません」
「何を言っている? わけがわからない…」
 苛立ちを隠さずに伝えると、少女は少し悲しげに顔を曇らせた。

「そうですか…まだおわかりにならないのですね……でもいつか、わかる時が来ます。私達があなたを護らなければならない、その理由もその時になればわかります」
「人違いではないのか?」
「それはあり得ません。私達がこうして人の姿で現れることができたのがその証拠です。ただ…あなたの力はまだあまりにも微弱で…」
「私の…力?」
「はい。だから私達は力の弱い子どもの姿にしかなれないのです。本来であれば結界を敷く事など私達には造作ないこと。でも今はこれが精一杯。一所で、じっとしているしかないのです」
 話を聞きながらも、あれこれと思いを巡らせる。

「お前達は、私のことを知っているのか?」

「はい、よく存じ上げております、蒼月様」

「ソウゲツ? お前、何を言っている? 私はユウヒだ。そのような名で呼ぶな」
「いいえ、あなたはユウヒですが、私達にとっては蒼月様なのです」
 ユウヒは訝しげに頭を傾げ、少女達をしげしげと眺めた。

 ――この少女は、いったい何をどこまで知っているのだ? なぜ『蒼月』の名を知っている?

「私が知っているのは、私にその名前が与えられたという事実だけだ。お前達は何か知っているんだな?」
 そう問いかけるユウヒに、アカと名乗った少女はまた少し顔を曇らせた。
「そうですか、本当にまだ、それ以上は何もご存知ないのですね……」
 二人が黙ると、他の三人の少年が唱える呪文が何かの旋律のように辺りに響いた。

 俯いてしまった少女に向かい、ユウヒは言った。
「結界はもういい。私は大丈夫だから、もうどこへなりと帰ってかまわない」
 少女はハッとしたように顔を上げると、慌てて言い返した。
「そうはいきません。もうすぐ夜が明ける。あなたにはそれまでこの結界の中にいてもらいます」
 その必死な様子に、ユウヒは困り果てて苦笑した。
「妖から護ってもらえるのは正直ありがたいが、私にはそうされる覚えもない。だから…」
「いいえダメです。なぜ私達がこうしているのか、それはいつかわかります。今は黙って、この結果の中で夜明けを待って下さい。朝になれば、私達もひとまず去ります」
「ひとまず…?」
「おわかりにはならないと思いますが、姿は見えなくとも私達は常にあなたと共にあります。その事も、いつかわかるとしか言えませんが、私達はそういう存在なのです」
 何もわからないユウヒと違い、少女の言葉は力強く確信に満ちていた。
「何を…言っている?」
 聞き返すユウヒに、少女は静かな笑みを浮かべて答えた。
「いつか、わかります。…さぁ、もう少し、お休みになって下さい」

 目が合うと、吸い込まれそうな感覚と同時に突然の眠気に襲われ、ユウヒはまた眠りの淵の奥底まで深く深く落ちていった。