[PR] 貸会議室 1.遭遇

遭遇


 妖獣に追われ、木々の間を縫うように駆け抜けていく。
 追手は想像していたよりも動きが鈍重で、こちらの速さにはついてこれないようだ。
 だがその貪欲なまでの嗅覚で、見つけた獲物を見失う事なく確実にこちらへ向かってきている。
 距離を詰められてはいないが、この森の中で相手を振り切ることは難しそうだった。

 独りで守護の森に入ると決めたのは自分自身だった。
 妖獣や妖魔達によって、そこへ侵入しようとする外敵をことごとく退けてきたこの森は、想像していた以上に危うい場所だった。
 また人間達の侵入をも拒むこの森は、選ばれた者しか受け入れないとも聞いていた。
 実際のところがどうであれ、耳に入ってくる噂はどれもたやすいものではなく、考えれば考えるほど今ここにいる自分の正気を疑いたくなってくる。
 ただ、自分はこの森に認めてもらえるのか、その資格があるのかと震える足で一歩踏み入れた時、何かに柔らかく包まれるような感覚を覚えた。
 ある事情から「選ばれた者」となった自分を、森が迎え入れてくれたような気がした。

 とはいえ、現実はどこまでも厳しく過酷なものだった。
 森に入る事を許されたとはいえ、妖獣や妖魔達は容赦なく襲いかかってくる。
 最初はただ恐怖に震えて逃げ惑うだけだったが、ある時、意を決して剣を抜いた。
 闘うために剣をふるった事は初めての事だった。
 腰に下げたその2つの剣は舞いのための物だったからだ。

 しかし、剣を抜いた途端に体が動いた。
 それは幼い頃から慣れ親しんだ舞いだった。
 妖獣相手に剣をふるったその時、ただの剣舞だとばかり思っていたそれが実戦用の動きが組み合わさったものなのだと知った。
 何もかもが未知の事ばかりだったが、考えるよりも前に体が動いた。

 舞の道具でしかなかった自分の剣が、まさか何者かの命を奪う道具になる日が来ようとは、ほんの数ヶ月前には想像すらもしなかった。
 助かったと思うと同時に、自分の命がたくさんの命の犠牲の上にあるものであると思い知る。
 生き抜くためだけに、ただひたすら闘い続ける日々の中、他者の命を奪った事への悔悟の涙も枯れてしまった。
 昼の間に仮眠を取りつつ、夜は迫り来る妖獣や妖魔との緊張した時間を過ごす。
 自分はここで何を知りたいのか、自問自答を繰り返しながら、妖を相手に剣を振るう毎日を過ごしていた。

「もう、何頭くらい倒したんだろうか?」

 一人つぶやき、思わずおかしさで顔が歪んだ。
 守護の森に入ってから、もうずいぶんになる。
 いつの間にか独り言を言う癖がついてしまっていた。


 その日も朝から「何か」を求めて森の中を彷徨い歩いていた。
 日が傾き、暮れ始めるのと同じ頃に妖獣の気配をすぐ近くに感じた。
 慌てるような事ではない、それがこの森の日常だ。

「来たか…」

 周りの気配に意識を集中して、その場を離れる。
 妖獣の気配のない方へと駆け出すと、姿のない追手もまた、こちらの方へと駆け出した。

 執拗に追ってくるそれは、今まで闘ったどの妖獣よりも大きく力のある相手だった。
 細い木々などもろともせず、なぎ倒して追いかけてくる。
 猿のような風貌をしている…頭が良いのだろうか?
 追いつかれる事はない速さではあるが、追ってくる相手からの殺気が消えない。
 とにかく無我夢中で森の中を走り抜けていくうちに、やっと相手の気配が薄れた。

 諦めてくれたのだろうと気を緩めたその瞬間…

「何っ!?」

 慌てて腰に提げた剣を抜いた。
 目の前に別の一体が現れた。

「はさみ打ちとは、やってくれる…」

 そう言って一歩踏み込み、正面の妖獣に切りかかろうとした瞬間、その妖獣の腕がぶんっと音を立ててしなり、側面から攻撃してきた。
 衝撃を受けた途端に体がフワリと宙に浮き、妙な浮遊感を感じたと思った時には倒木の上に叩きつけられていた。
 ぼきっという鈍い音が聞こえた気がした直後、右足に感じたことのないような激痛が走った。

「くぅっ! いったか、右……」

 それでも剣を手放すことなく、次の一撃に備えて必死に立ち上がろうとしたが、その足に力が入るはずもなくその場に勢いよく倒れ込んだ。

「ダメか………」

 気を失う瞬間、暖かい光のようなものを感じた気がしたが、直後意識はぷっつりと途絶え、そのまま暗い闇に沈んだ。