「はあ? シュウ将軍、お前何を……」
「まだおわかりになりませんか。私は……自分の地位を守るためだけに政を動かしてきたあなたにもわかるように言葉を選んだつもりです。今一度、お聞かせ致しましょうか?」
ロダの表情が苦しげに歪む。
そこに居合わせた王のとりまきとも言うべき重鎮達は、まるで自分はロダとは違うとでも言いたげに視線を逸らして落ち着かない様子だ。
シュウは月華をロダに向けたまま繰り返した。
「月華は王を選ぶ。その意味はこういうことだったんですよ。この国の民を、この国の全てを受け止めるとそう心に決め、王として立つ覚悟を決めた者の命は月華では奪えない。この方は……そういう方だ」
それを聞いたロダが、その年齢とは思えぬような俊敏さで身を翻し、居合わせた取り巻きの中にいた初老の武人からその剣を奪って、両手で構えた。
シュウの眉間に力が入り、残念そうに大きな溜息を吐く。
ロダは勝ち誇ったように言った。
「ならば、月華以外で手を下すまで。そこを退け、若僧」
「……そう言われて退くわけないでしょう。ロダ殿、剣を下ろして下さい」
「いいや、退くのはお前だ、将軍。ここへ来てそちら側にまわるとは、残念だよ」
地位にものを言わせるつもりのロダの強硬姿勢も、今のシュウには通じるはずもなかった。
シュウの手にある月華はまっすぐにロダを捉えたままだった。
「将軍、目を覚ませ。いったい何を考えているんだ」
「わかりませんか? そちらにいらっしゃるホムラ様と陛下には、もうおわかりいただけているようですが……」
「陛下が? 何を馬鹿な事を」
シムザとホムラの様子を確認しようにも、先ほどよりも緊迫した空気で圧倒してくるシュウから、そして月華の切っ先から目を逸らす度胸など、もうロダにはないようだった。
よもやシュウはこのままがロダを手にかけるのではないかと、副将軍二人が思わず顔を見合わせた時だった。
シュウの背後でサクが立ち上がる。
そしてその手を借りて、血にまみれたユウヒがゆっくりと立ち上がった。
さすがに誰もが驚きで言葉を失い、止めを刺すと意気込んでいたロダでさえ、ガタガタと震えだし、手にしていた剣を落としてしまう程だった。
「ごめん、シュウ……もう、いいよ」
サクに肩を借りて、ユウヒが一歩、また一歩と歩き出す。
それに反応したかのように、月華の刀身にまた古代の文字が浮かび上がり、ほんのりと青白く光った。
シュウはやっと剣をおろし、血がついたままの月華を構わず鞘に納めた。
静かにユウヒの方を向いたシュウが穏やかに笑みを浮かべる。
申し訳無さそうに見つめ返すユウヒの頭を、シュウはくしゃくしゃと撫でながら言った。
「傷は大丈夫か、ユウヒ」
「たぶん……大丈夫、と……思う」
すでに塞がっている傷口を撫でながらそう言うと、ユウヒを刺した時の感触が蘇り、シュウは思わず顔を歪めた。
「もうこういうのは勘弁してもらいたいもんだな」
口を吐いて出たシュウの言葉に、ユウヒはただ静かに頭を下げた。
サクに支えられたままユウヒはシュウの前を通り過ぎ、ロダと正面から向き合った。
ロダは信じられないと言った風に目を見開いてユウヒを見ていたが、ふと我に返り足下に転がった剣を拾い上げると、震える両手で柄をしっかりと握り締め、ユウヒの方を向いてその剣を構えなおした。
「ロダ殿……」
残念そうに背後のシュウがそうつぶやいた時、柔らかな風がすぅっと通り過ぎていった。
ユウヒとサクが顔を見合わせて笑みを浮かべる。
まるでユウヒを守る盾にでもなろうとしているかのように、5人の若者達が唐突に姿を現し、ユウヒとロダの間に割って入った。
既にその姿を目にした事のある兵士達は息を呑み、初めて目にした者達はただただ驚き、言葉を失い立ち尽くす。
「遅くなって申し訳ありません、蒼月」
青く長い髪をした男がそう言ってユウヒの横に並んでロダを見据える。
ユウヒは首を横に振って言った。
「そんな事ないよ。早かったね……青州の方はもう大丈夫なの?」
「はい。これでも国を守護する者ですから争いを鎮める事ぐらいは。ですが……これからです」
「うん。そうだね、わかってる」
その会話を聞きながら、ロダが剣を握る手に力を込める。
「何だ、お前達は……」
「ロ、ロダ殿。おやめ下さいませ」
食って掛かろうとするロダを、後方から諌める声がした。
明らかに、その若者達が何者なのかをわかっている様子だった。
ロダは不満そうにその声がした方を振り返る。
自分と一緒に出てきたはずの重鎮達は、皆畏れ慄いて額を地面に擦り付けんばかりにその場に平伏していた。
「いったい何だと言うのだ……」
そういって苦々しげに顔を歪めるロダを、5人の若者がまっすぐに見つめていた。