繝医Λ繝・け雋キ蜿・/a> 10.王の器

王の器


「この方に剣を向けるのはやめなさい」

 黒い髪をした男の声が辺りに響く。
 兵士達は片膝をついてその者達に向かって頭を下げた。
 シュウもまた同様に膝を折る。
 シムザは不思議そうに傍らのホムラを見つめ、その者達の正体を聞き驚いて平伏した。
 そしてホムラであるリンは両膝をついて丁寧に拝礼する。
 サクはユウヒに肩を貸したまま、共にただその光景を静かに見つめて立ち尽くしていた。

 さすがのロダもそれを見れば、その者達が何者であるかを認めざるを得ない。
 悔しそうに顔を歪め、剣をその手から離すと、がっくりと項垂れてその場に膝をついた。

「…………っ」

 言葉にならない何かが込められた、苦しげなロダの吐息の音が聞こえる。
 ユウヒはロダの方に少しだけ歩み寄って声をかけようとした。
 その時だった。

「このような事をしでかした私に、もはや居座る場所などありますまい……」

 声こそ小さかったが、はっきりとした口調でロダはそう言った。
 それと同時にすばやく懐中から呪の施された札が取り出され、その札を指に挟んだまま、慣れた手つきでロダは印を結んだ。

「将軍! ユウヒを!!」

 気配を察して顔を上げていた副将軍のトウセイがシュウに声をかける。
 すぐ様立ち上がったシュウがユウヒを背に月華を構える。

「ロダ殿、いったい何を……」
「シュウ。何が起きてるの?」
「わからん……トウセイ! ありゃ何の印だ!?」

 シュウがロダに注意を向けたままでトウセイに聞いた。
 トウセイは首を横に振ったが、凡その見当はついていた。
 なぜなら禁軍の兵士、いや、黒軍の兵士の中にも、ゆらゆらと覚束無い足取りで立ち上がり、抜刀するものが現れたからだ。

 ロダの額に脂汗が滲んでいる。
 口許がにやりと歪んだその瞬間、ロダの手にあった札は粉々になり、風もないのにふわりと浮かんでそのまま操っている兵士達の方へと離散した。

「傀儡の術の類でしょう。ただ見た事もない印ですし、札を使っているのも気になります。私が知っているそれのどれとも違うものです」

 トウセイが悔しそうに告げる。
 シュウは月華を握り締めてトウセイに言った。

「だったらよく見とけ! 次またわかんねーとか言ったら……」
「わかってます!」

 そう言ってトウセイはロダの結んでいた印を頭の中で数度となく反芻していた。
 辺りが緊張に包まれ始める。
 どうやら兵士達の中でも操られている者とそうでない者がいるらしく、正気を保っている兵士達は、ホムラやシムザを安全な場所へと誘導するなどの行動を起こしている。
 だが操られている者達は皆、剣を手にじりじりとユウヒの方へと近付いてきていた。

「おいおい……冗談じゃねぇぞ」

 どんどん間合いが詰められてきている。
 殺気が感じられない事が逆に不気味で、気配を消されているようでやりにくい。
 さらには相手は部下であり、お互い手の内は知り過ぎる程に知っている。
 シュウは月華を握る手が緊張で汗ばむのを感じた。

「ユウヒ。ここは俺がどうにかする。お前は逃げろ。どこかに隠れておけ」
「は? 何を言ってるの!?」

 ユウヒはシュウに後ろ手に抱えられるように守られたまま、その背中をどんと叩いた。

「厄介ごとは人にまかせて逃げろって? 冗談じゃないわ!」
「お前の太刀筋はうちの連中に知られてる。何度も手合わせもしてるし、剣舞だって見てる。お前がここにいたって……」
「逃げないよ、どこにも行かない。意地で言ってるんじゃないから大丈夫」

 ユウヒは自分にまわされていたシュウの腕をほどき、ゆっくりと移動してシュウの前に立った。
 その背を戸惑いながら見つめるシュウに話しかける者がいた。

「そうなっちゃったらそいつはもう聞かないッスよ、将軍」

 その声の方へ、ユウヒがはじかれたように顔を向ける。
 そこにいたのはスマルだった。

「こいつがそう言うにはそれなりの根拠があるんです。無茶していい場面なのかどうかはちゃんとわかってる。大丈夫です」

 そう言ってシュウと背中合わせに立ったスマルの手には、見慣れない槍が握られていた。