まるで時間が止まってしまったかのような静寂に包まれていた。
風もなく、その場の空気さえも漂う事を忘れてしまったかのようである。
そこへたくさんの足音が聞こえてきた。
どうやら近付いてきているようだったが、音からして武装した集団というわけではないようだ。
それでも禁軍と黒州軍の兵士達の間に緊張が走る。
そんな中聞こえてきたのは、絶望を秘めたような声で泣き叫ぶ少年の声だった。
手隙の兵士達が剣の柄を握り締める。
だがその声の主の正体を知ったシュウが合図を送って、その場の緊張はあっさりとほぐれた。
「ユウヒさんっ!!」
涙を腕で拭いながら近付いてきて、まるで倒れこむようにユウヒの横に屈みこんだ男の顔に、シュウは見覚えがあった。
全てのはじまりとも言えるあの出来事……――。
ユウヒが初めて皆の前でその力を使ったあの時だ。
ユウヒが城から逃がしたイル族の少年、シオ。
あの時逃がしたシオが今、ユウヒの傍らで泣き崩れている。
シュウはどう声をかけていいものか迷ったが、そこは涙の止まったサクが対応した。
「君は、確か……」
話しかけられて我に返ったのか、シオは涙を必死に拭うと震える声でサクに言った。
「出血がひどいけれど……大丈夫です。私達が来ましたから」
よく見ると、十数人のイル族らしき男女が遠巻きにシオの様子を窺っている。
「国中のイルが動いてます。怪我人の治療はまかせて下さい」
そう言ってシオがユウヒの腹の傷におそるおそる手を伸ばす。
「この人は死なせない」
その言葉に、サクとシュウの二人が即座に反応した。
シオの腕をとって、シオが目の前でやろうとしていた事を阻止したのだ。
「余計な事はやめろ」
シュウの声が低く響く。
サクもそれに続けて言った。
「何をするつもりだったかはあえて聞かない。でもその力を使うことを、あいつは良しとしていない。それで助けてもらってもあいつが困るだけだろう。違うかな?」
「そんな事は自分も承知しています!」
「シオ! 馬鹿な真似はやめなさい!!」
突然背後で声がして、駆け寄ってきたその声の主らしき少女が後ろから抱え込むようにしてシオをユウヒから引き剥がした。
「ナナ!? 邪魔をするな!!」
「するわよっ! 婆様から言われているでしょう!? 命を粗末にするなって!!」
「粗末になんかしてない!!」
何とかしてナナから離れようとしているが、ナナの方も必死である。
シオはなかなか思うように動けず、ナナに押さえつけられていた。
「なぁ、頼むよ。このままじゃ、このままじゃユウヒさんが……」
シオの言葉に反応するかのように、ユウヒの指先がぴくりと動いた。
サクもシュウも、それを見逃すことはなかった。
二人が意味ありげに目配せしているのに、少し離れた場所にいたホムラであるリンも気付いた。
そしてそれを見たホムラは思わず手で顔を覆って静かに泣き始めた。
ホムラとしても、今の立場上泣きたくは無かった。
だがこらえきれない涙が次から次へと溢れて止まらないのだ。
その涙に気付いたシムザが手を伸ばし、ホムラの頬にそっと触れる。
「リン……どうしたの?」
ずっと聞きたいと思っていた、優しい、優しい声だった。
ホムラは手で顔を覆ったまま頭を振り、必死に心が静まるのを待った。
体を起こしたシムザがわけのわからないままホムラの背を優しく撫でている。
「陛下、ホムラ様。城の中でお休みになられますか?」
すぐ側にいた禁軍の兵士が声をかけたが、シムザもホムラも首を縦に振ることはなかった。
自分に体を預けて必死に涙を堪えようとしている恋人の肩を優しく引き寄せ、シムザは顔を上げ、自分達を気遣う禁軍の兵士達に向けて言った。