「カヤさん?」
「いい? ユウヒ」
まっすぐに見つめられて、ユウヒは思わず姿勢を正して固まった。
「今なら私にもわかる。蒼月に選ばれたことにはきっと何か理由がある。ここにいる皆、黄龍も、四神達も……皆あなたを信じてるわ。あなたには、その資格がある」
カヤはユウヒの両手を強く握って、力強い声で言った。
「ユウヒ、覚えておいて。禁軍将軍の剣、月華が守るのは、王ではないの」
「……はい」
「月華が真に守るべきもの、それは……」
そこまで口にしたカヤがハッとしたように後ろを振り返る。
カヤの後ろには幸せそうに微笑む四神達がいた。
突然恥ずかしそうにカヤは俯いて、その顔を朱に染める。
そこへサヤとヒリュウ、ザインもやってきて、その全てを黄龍が後方から見守っている。
顔を上げたカヤは泣き笑いの表情で、困ったようにユウヒを見つめていた。
そして見つめ返すユウヒの手を離し、カヤは一歩前に歩み出てユウヒの事を抱き締めた。
驚いて固まっているユウヒの耳に、泣きだしそうなのに必死でそれを我慢して、震えるカヤの声が聞こえてきた。
「覚えておいて。月華が守るべきもの、それはね……」
よほど照れくさかったのだろう。
震える声で小さく囁かれたそれは、どうやらユウヒの耳にしか届かなかったらしい。
皆が不思議そうに見つめる中、カヤはユウヒから体を離すと、ゆっくりと大きく息をした。
カヤの言葉がユウヒの耳の奥に響いている。
ユウヒはカヤの前に片膝をついて、右手を胸に最高位の敬意をもって頭を下げた。
それに続いて、四神が、黄龍が、そこにいる誰もがユウヒに倣ってカヤに敬意を表す。
何が起こっているのかとうろたえているカヤに、立ち上がったユウヒが飛びついた。
思わず抱きとめたカヤの手がユウヒの背中に回る。
カヤに回した腕に力を込めて、ユウヒは言った。
「ありがとう、カヤ。勇気もらった」
「……うん。頑張ってね、ユウヒ」
少しの間抱き合っていたユウヒとカヤがゆっくりと離れると、ユウヒのもとには四神と黄龍が、カヤの周りにはサヤとザイン、そしてヒリュウがいた。
ヒリュウは少しだけ迷ったようだったが、ザインの方を見ると、にっと笑っていった。
「俺はもうちょいこいつといるわ。やっぱ最後まで見届けてやんねぇとな」
カヤとサヤは顔を見合わせて笑みを浮かべ、ザインも全て承知していたようにゆっくりと頷いて言った。
「そう言うと思っていたよ。ユウヒ、もうしばらく間借りさせてやってくれるかな? こいつにもまだやるべきことはあると思うんだ」
その言葉に黄龍が頷くのをザインはしっかりと見届けていた。
ヒリュウは満足そうに笑みを浮かべ、そしてカヤとサヤに言った。
「じゃ、そういう事だから。俺は行くよ」
「えぇ」
「ユウヒを頼むわよ、ヒリュウ」
「当然!」
ヒリュウはそう言ってユウヒの横に並んだ。
「皆さん、ありがとう」
ユウヒが頭を下げる。
「頑張ってね、ユウヒ」
カヤが声をかけると、ユウヒは頷いてから照れくさそうに笑った。
「それでは、まいりましょうか」
玄武が声をかける。
一同がそれに頷くと、ユウヒ達の体がふわりと浮かぶように上り始めた。
それは徐々に速度を上げ、ザインとカヤ、サヤの姿がどんどん小さくなり始める。
「大丈夫?」
ユウヒが心配そうに声をかけたが、気遣う必要がないくらいにヒリュウは幸せそうな笑みを浮かべていた。
「何、その笑顔。やせ我慢? 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。前とは違う。あいつらは沈んじゃいない。それに……いずれまた会えるしな」
「そう……なら、いいけど」
ユウヒが安心して笑みを浮かべると、ヒリュウはニカッと歯を見せて笑った。
そして一言、じゃ、またおじゃまします…と言うと、その姿を光に変えてユウヒの中に吸い込まれて行った。
へそのあたりがほんのりと温かくなり、ユウヒは腹に手を当てて静かに目を閉じる。
ヒリュウが礼を言う声が聞こえたような気がして目を開けると、クジャを守護する五人の神達がユウヒを見つめて嬉しそうに笑みを浮かべていた。
蒼一色の世界がどんどん明るくなり、やがて頭上に光の点が見えてきた。
水面に揺れる日の光のようなそれを目指してユウヒ達はどんどん上昇していく。
上がるに連れて光はその明るさを増していく。
辺りはどんどん明るくなり、そして蒼は青へ、光がどんどん満ちてくる。
やがて光は満ち溢れて、ユウヒ達はその光に包みこまれる。
視界の全てが光で溢れて、ユウヒ達の姿はいつの間にかそこから消えてなくなっていた。