守るべきもの


「どうしたら認めてもらえるのかって、考えていたの」

 口を開いたのはカヤだった。

「もう、そればかり考えていたの。周りがどんどんすごい人達に見えてきて、何をするにも誰かに聞かなくては動けない自分がひどく馬鹿に思えてしまって……そうなってくるとね、もう周りの目が気になって何かを訊ねる事ももう出来なくなってしまったわ」
「……そういうのは、少しわかります」
「だったら、何か圧倒的な力を手に入れようって思ったの。でもやっぱりそんな事したって自分が何もできない事に変わりはなくて……でもそれ以上馬鹿にされたくないって思うからできないとも言えず、投げ出す事もできなくてね。だからも何も考えない事にして、逃げる道を選んでしまったの」

 もしもこれを言ったのがリンであったなら、ユウヒはおそらく説教めいた事をあれこれと並べ立ててしまっただろう。
 だが、カヤを相手にユウヒはいくつもの言葉を呑み込んで沈黙を通した。
 サヤがそれを申し訳なさそうに見つめている。
 カヤはまた話を続けた。

「そんな事をしているうちに、国はどんどん荒れて、民の心は王からだんだん離れていったわ。さすがに何とかしようって内心思ってはいたけど、もうそんな事を口にしたところで家臣達の信用なんて戻っては来ないしね。四神達とあちこちに出かけながら、何か糸口はないかと思って昔話をいろいろ聞かせてもらっていたの」
「昔話、ですか?」
「えぇ。そして気付いたの。蒼月が女であるべきだというのは、誰かが後から無理矢理こじつけたんじゃないかなって」
「え? この国の王は男でもいいって、そういう事ですか?」

 驚いていたのはユウヒだけだった。
 どうやら皆、その事を知っていたらしい。
 その言葉には黄龍が言葉を継いだ。

「あの時代は争いが絶えなかったからな。本能的に好戦的な男よりも女が選ばれる事が多かったんだろう。だが、男でなくてはならないというわけではなかったはずだ。女王が続いたから、きっと誰かが後付けで理由を思いついたんだろうよ」
「そう、なんだ……」

 ユウヒはゆっくりと頷いて、またカヤの方を見た。
 カヤは申し訳無さそうにヒリュウを見つめて、そしてゆっくりとユウヒの方に近付いてきた。
 サヤが心配そうに妹の事を見つめている。

「私はもう逃げることしか考えられなくてね。誰かが代わりに王をやってくれたら、なんて……そんな事まで考えてしまっていたの。サヤがホムラをやっているうちは私だけがやめるなんてできない、なんて思っていたくせに、おかしいわよね」

 苦笑しながらそう言ったカヤはとても苦しそうだったが、おそらく250年という歳月をかけてやっと、心の内を口にする事ができるようになったのだろうと思うと、ユウヒはただカヤの独白を黙ってきいてやるのが一番だろうと考えていた。
 少し緊張した面持ちで、カヤはゆっくりと話を続けた。

「何度も何度もザイン達が私に進言してくれたのも、ヒリュウが手を貸そうとしてくれたのもわかっていたのよ? でもね、逃げると決めてしまった私は自ら動くという選択ができなかった」

 そうしてヒリュウとザインの方を交互に見て、カヤは申し訳なさそうに言った。

「だったら私はいなくなるから、あなた達が国を動かしてって、そう思ってしまったの」
「蒼……」

 ザインが悔しそうにそうつぶやくのが聞こえた。
 ヒリュウは何も言えずにただ立ち尽くしている。
 カヤは何かにすがるかのようにサヤを見つめてから、またユウヒに向かって話し始めた。

「それでももし、私にまだ王の資格があるのだとしたら……そしたら頑張れるんじゃないかなって、思ったりもしたの。月華に呪を施したのもそんな意図があったの」
「……それは私も気付いてね、でもそんな勝手を許すわけにはいかないとも思ったわ。だって、カヤにその資格があるのだとしたら……巻添いくったヒリュウが死んでしまうものね。いくらイルだからって、それはひどすぎるでしょ」

 サヤが口を挿むと、ヒリュウが驚いて口を開いた。

「俺がイルだって、サヤ、お前知ってたのか?」
「えぇ。私はね。あんなに傷が早く治るんだもの、びっくりして親に聞いた事があったの」
「そう、だったのか」
「そうよ。そしたら、それは黙っててやれって言われてね。だから知らない振りをしてたのよ」

 そう言って笑うサヤの笑顔は本当に優しく暖かかった。
 カヤもつられて笑みを浮かべたが、またすぐに険しい表情に戻って話を続けた。

「サヤにはお見通しだったみたいで、すぐに言われたわ。自分が王であることを証明しようというそれだけのために月華にその資格を問う者には死が訪れるって。ぞっとしたけど、でも納得したし、完全に諦めがついたわ」
「ごめんなさいね、カヤ」
「いいのよ、サヤ。月華は本当に素晴らしい剣だと私は思っているもの」

 カヤはそう言ってユウヒの手をとった。