守るべきもの


「あなたが選ばれたのね……ユウヒ、さん」

 ユウヒの方を向いてカヤが言った。

「ユウヒ、と……」
「では、ユウヒ。私達をここに連れてきてくれたホムラ様は、あなたの?」
「妹です。リンといいます」

 二人は顔を見合わせ、ヒリュウの左側の女が自分を指して言った。

「私はサヤ、ホムラを務めていたの。で、向こうにいるのが妹のカヤ、私達も姉妹で蒼月とホムラだったのよ」
「えぇ……存じております」
「ユウヒ。ヒリュウと一緒で大変じゃなかった? 昔から、馬鹿のようですごくいろいろな事を考えていて、単純なようで、本当にクセモノだったからね、ヒリュウは」

 サヤの言葉にばつが悪そうにヒリュウが顔を逸らす。
 ユウヒは首を横に振って言った。

「私も昔からそんな風に言われてましたから。別に何とも」
「そう、それは良かったわ」

 そう言ってサヤがくすくすと笑う。
 すると反対側にいたカヤがヒリュウの手を離してユウヒのすぐ目の前まで近付いてきた。

「はじめまして、ユウヒ。私があなたの先代になるのね。随分と年月を経てしまったけれど」

 そう申し訳なさそうに苦笑するカヤをユウヒはじっと見つめている。
 カヤはその視線を懐かしそうに見つめ返していた。

「……本当に、ヒリュウにそっくりね。あの、変な意味じゃなくて、よ? でね、その……一つだけ、謝らせて欲しいの。ユウヒ、あなたに」

 ユウヒが不思議そうに首を傾げると、カヤはそのまま言葉を継いだ。

「あなた達を巻き込んでまでの騒動にしてしまったのは私。本当にごめんなさい」
「いえ、そんな……。そんな風には思ってないです」
「……ありがとう。でも過去の私の過ちがなければ、あなたも月華で貫かれるような事はなかったはずだもの。あの月華を造らせたのも、呪を施したのも私なの」

 どう返していいものかとユウヒが逡巡していると、サヤが横から口を挿んだ。

「正確には、カヤに言われて私が呪を施したの。妹を解放してあげたくて……巻き込んじゃったヒリュウには、悪いことをしたわね」
「あの……」
「……わからないわよね、ごめんなさい。あのね、あなたと違って妹は、こう……うまく開き直れなかったというか。なぜ自分が王なのか、ずっと自分自身が納得できないでいたのよ。何か特別な力があるわけでもなく、それに……私がこんなだから、自分ではなく私の方が王になるはずだったんじゃないかとか……」

 そこまで言って、まるで何かを確かめでもするようにサヤが優しい視線をカヤに投げかける。
 カヤは大丈夫だと伝える代わりに、サヤに向かって微笑みかけた。
 それを見たサヤは頷いて、また口を開いた。

「妹は蒼月に選ばれてから、そんな事ばかりをずっと考え込んでしまってね。自分が納得できるだけの力を手に入れれば、きっと周りも自分を王と認めてくれるってそう思い込んでいたの」

 その言葉にユウヒは大きく頷いて言った。

「まぁ、選ばれた事が王である資格といわれても困りますよね。やけになって開き直りでもしないと、思考の迷宮にはまってしまいそう」
「そうなの。それで、黄龍の結び目を手に入れて黄龍の力を手に入れたと言ってみたり、そりゃいろいろと妹は試してみたようなんだけど……そんな事している自分が嫌になってしまったようでね。自分で自分を見放してしまったの」

 その気持ちはユウヒにも痛いほど理解できた。
 自分が何故そうならずに踏みとどまれたのかはユウヒ自身もわからないが、それでも一つ間違えば自分もそちらに落ちていたはずだ。
 サヤの方を悲しげに見つめて、崩れそうな自分を支えるようにヒリュウの腕につかまるカヤの姿に、ユウヒはなぜかリンが重なった。

 カヤはどこかリンに似た雰囲気を漂わせている。
 認めて欲しいという強い気持ちと、誰かに甘えたいという気持ちが共存し、心の均衡を保つのが難しそうな、そんな危うさを感じるのだ。
 そして何より、姉という存在への尊敬にも似た愛情と、その裏側にある羨望や焦燥……それがカヤからも感じられる。

 そんなユウヒの思いが顔に出ていたのだろう。
 サヤは理解者を得たとばかりの安堵の表情を浮かべてユウヒに言った。

「もっと上手な方法もあったのかもしれないけれど、退くことを許さないカヤを王座から離すにはもう、これしかなかったの。カヤ自身も、どう退いて、どう周りに頼ったらいいのか、わからなくなっていてね。できないって……一人では大変だから手を貸してってそう言えたら良かったんだけど、自信がない時ってそういうのを素直に口に出せないでしょう? 自分で自分は駄目ですって周りに言うみたいで……矛盾しているところもあるんだけど、自分でどうにかしたいっていう気持ちと同じくらい、自分だけではもうどうにもできないって事もわかってもいるのよね。それでも、できないって口に出して、誰かを頼ることができなかったの」

 ユウヒは少しだけ考えた後、カヤを一瞥し、そしてサヤに向かって言った。

「人を頼るのが下手なのは、うちの場合どちらかと言うと姉である私の方ですね」
「そうね、私達もそう。でもね、私に比べてカヤの方が、相手に負けたくないっていう気持ちが強いのよ」
「……それは、そうですね。うちも……はい、わかる気がします」
「私がホムラを務めていたから……全くの別のものだって思うのだけれど、同じ時に選ばれた片方が務めを果たしている時に、自分だけが……って思ってしまったのかもしれないわね」