守るべきもの


「……サクヤ?」

 ユウヒの問いにその人物がゆっくりと振り返る。
 その顔はサクにとてもよく似ていたが、初めて見る顔だった。
 だがユウヒにはそれが誰なのかすぐにわかった。

「ザイン、って呼んでもいいのかな。どうも殿とか様とか、付けるのが小恥ずかしい気分で……ヒリュウの魂がずっと私の中にいたからじゃないかと思うんだけど」

 その言葉にザインはにっこりと笑って答えた。

「えぇ、構いませんよ。私もその方が落ち着くしね。この馬鹿にそんな風に呼ばれた時には、だいたいろくな事がなかったんだよ」
「そ、そうなんですか……まぁ、はい、わかるんですけど」

 戸惑いながらもすぐに自分を受け入れたユウヒを、ザインが嬉しそうに見つめた。

「はじめまして、ユウヒ。俺達のわがままを受け止めてくれてありがとう」
「いえ、そんなっ」

 ユウヒは恐縮しながらも丁寧に拝礼をしてから言った。

「わがままだなんて思ってないよ、ザイン。むしろいろいろすっきりしたし、いいんじゃないかな」
「そうか……君は本当にヒリュウの生まれ変わりなんだな。何と言うか……同情するよ」
「あいかわらずだな、てめぇ! ザイン! 復活して早々にそれってさ……いや、それはいいから、この光はいったい誰なんだよ!?」

 困ったようにそう言ったヒリュウを、ユウヒは呆れたように見つめた。

「本当にわからないの、ヒリュウ?」
「ユウヒ、こいつはそういう男なんですよ。まったく……君みたいな子に生まれ変われたなんて、それこそそちらの神々の起こした最大の奇跡だと思うよ、俺は」

 そう言って大げさに溜息を吐くザインを四神達が懐かしそうに見つめている。
 ザインはそんな四神達の方に小さく頭を下げ、そしてまたユウヒに向かって言った。

「こいつはね、自分がした事が間違っていたとは思ってないんだけど、それと同時にその事で自分は恨まれていると信じ込んでいるんですよ」
「え? そうなの?」
「はい。あぁ、そこらへんの感情までは共有してなかったんですね。当たりだよ、ユウヒ。良い判断だ。色恋が絡んだ時のこの男の鈍感さってのは、親友の俺が見ていても呆れを通り越してむしろ感心してしまうほどでね」

 その言葉に四神達が笑いを堪えているのがユウヒの目に映る。
 ユウヒも思わず噴出してしまったが、秘めた想いを知るからこそ、その答えをヒリュウに伝えた。

「カヤさんとサヤさんだよ、ヒリュウ」

 そう言って膝を折ろうとするユウヒを、ザインが腕を掴んで止める。

「君だって、蒼月だろう? むしろこの場で膝を折るべき、いや、そうだな。土下座でもして俺に謝るべきはその馬鹿の方だろ」

 ザインの言葉も、ヒリュウにはすでに届いていない。
 呆然と立ち尽くすヒリュウの両腕に、しなやかな女の腕が絡みついた。
 ヒリュウは視線すらも動かせなくなっている。
 ザインは嬉しそうな笑みを浮かべると、そのままおもむろに肩膝をつき、最高の敬意をこめてその現れた人物に礼をした。

「お久しぶりです。蒼月」
「朔……もう蒼月じゃないからやめて。私もあなたをザインと呼ぶから」
「……ですが」

 戸惑いながらも笑みを浮かべているザインにその人物はさらに続けた。

「でなければまたこのような話し方をしなくてはならぬ。もうそういうのは良いのじゃ……良いでしょ、ザイン」

 その言葉に応じてザインが立ち上がる。

「はい……そういう事であれば」

 ザインはまるで泣きそうな表情で笑って言った。

「でも私は、蒼月であった頃のあなたに、そのように笑っていて欲しかった。それは本当です」
「ありがとう……こっちこそ、本当にごめんなさい」
「いえ……」

 そこまで聞いて、やっとヒリュウが自分の腕を掴むその手にそっと自分の手を添えた。

「……カヤ、なのか?」
「はい」
「私もいるわよ、ヒリュウ」
「サヤ……」

 その様子を見て、ユウヒとザインは顔を見合わせて微笑んだ。
 そしてまた視線をヒリュウ達に戻したユウヒは小さく頭を下げてから声をかけた。

「はじめまして、カヤさん。サヤさん」

 カヤとサヤはヒリュウの両側からのぞきこむように顔を見合わせて微笑んだ。