ライジ・クジャ


「ホムラ様。ユウヒは今どうなってますか」

 何をも置いてまずそれを聞いてきたサクに、ホムラは嬉しそうに笑みを浮べて言った。

「わからないけど……大丈夫。姉ならきっと大丈夫です」
「そっか……あ、黄龍はどうなりました? こいつは……スマルは大丈夫なんでしょうか」

 次々と質問をするサクをホムラはただ見つめ、そして言葉が切れた時、静かに口を開いた。

「まず黄龍様ですが、本来の姿を取り戻した後、そのまますぐ出ていかれました。たぶん姉のところへ行ったんだと思います。解放は成功したと思いますよ、ライジ・クジャの様子が全然違いますし。この祠の中も……先ほどまでとは全く違いますから」
「そうなの? ごめ……いや、すみません。俺はそれちょっとわからないんで……あの、いいですか? ライジ・クジャとカンタ・クジャがどうこうって話。あれ、簡単に聞かせてもらえますか?」

 急いでいる中、どうしても気になるらしくサクがそう切り出した。
 ホムラは思わず笑みを浮かべて、すぐに返事をした。

「簡単に言いますと、カンタ・クジャはこの国の盾。守護の要と言えばいいのかしら……大陸、おそらく海の向こうの事でしょう。そこからこの国を護るクジャの盾、そんな意味です」
「ライジ・クジャは?」
「この国そのもの、クジャの中心、力の源。おそらくクジャのヘソなんていう言葉で聞いた事がおありじゃないかと思うんですが……ライジ・クジャはこの国の中心です。そうですね、この力強い鼓動がこの国を輝かせているというか、そんなところです。黄龍はそれを守護する者なのです」
「……なるほどね。だからコウリュウが王都で、王旗も満月に……まぁ、はい。だいたいわかりました。まだいろいろ聞きたいけど今はそれどころじゃないし……で、次にこいつ。スマルは大丈夫なんですか?」

 サクが尋ねると、ホムラはにっこりと笑って言った。

「大丈夫です。スマルさんが姉さんより先に死ぬわけありませんから」

 その言葉には思わずその場にいる全員が吹き出した。

「そりゃそうだ」

 サクはそう言って、その場でおもむろに大きく伸びをした。

「ジン!」

 声をかけられ、ジンが何事かとサクの方を向いた。

「俺、行くけど……いい? まだ何かある?」

 殺されかけたというのに、そのショウエイには目もくれずにユウヒの許へと急ごうとするサクに、ジンは小さく笑って言った。

「何もねぇよ。あっち行ったらたぶんイルの連中もいるだろうから、そしたら傷薬でももらってその顔どうにかしろ」
「わかった……じゃ、俺、先に行きます」

 扉を開けて待っていたカナンに礼を言い、振り返ってその場にいる三人に向かって丁寧に拝礼すると、サクは自分の置かれている危うい状況も忘れて、そのまま祠の外へと飛び出して行った。

 その後姿を見送ってから、ジンはショウエイの首を解放した。
 ショウエイの首に巻きついていた黒い紐は、合図と共に霧散して飛び交う鳥達と交じり合った。
 鳥は少しだけその大きさを増して、祠の中を気持ち良さそうに飛び回っている。
 ジンはショウエイの細い首に痕がついてしまったことを詫び、ショウエイはその事で不満そうにあれこれ厭味をジンにぶつけていた。

 突然、首をずっと締め付けられていたせいか、術を使った事で消耗したせいなのか、ショウエイが平衡感覚を失いでもしたかのようにその身をぐらりと揺らした。
 ジンはめんどくさそうに脇からショウエイを支え、こじつけの悪態をこぼしながら祠の壁に寄りかかれるように移動してショウエイを座らせた。
 ショウエイは腰を下ろすと装束を寛げ、おもむろに扇を広げると静かに扇ぎ始めた。
 ジンへの不満をぶつぶつとこぼしながらも、その表情はとても穏やかだった。

 その姿を確認してからジンは立ち上がると、遠巻きに様子を窺っていたホムラに声をかけた。

「あんた、リンって言ったか?」
「はい。姉がお世話になったようで……ありがとうございます」
「あぁ、ほんっとによく世話したと思うぜ、我ながら。で、正直なところどうなんだあいつは。本当に大丈夫なのか?」

 ゆっくりとホムラに近付き、その正面で立ち止まる。
 ユウヒよりも少し背の低い妹の事を、ジンはまじまじと見下ろした。
 リンはユウヒに比べると少し人見知りに似たような緊張感を漂わせていたが、それでもジンの質問に対しては顔を上げ、まっすぐに向き合って返事をしてきた。

「姉さんを貫いている剣は月華でしたから……大丈夫だと思います。あの剣は、王を選びますから」
「そうなのか? あんたにはそれがわかるのか?」
「……はい」
「そうか……いろいろ面倒かけるが、もうちょっと手を貸してくれ」

 そう言ってユウヒと顔は似ていないが、同じものを感じさせる妹の肩をぽんぽんと軽く叩くと、ジンはそのまま祠から出て行ってしまった。
 残されたホムラとカナンは顔を見合わせて頷くと、ショウエイに近寄り、そのすぐ傍らに腰を落とした。