ライジ・クジャ


「そういや、お前。らしくねぇとか、言ってたな」

 ショウエイに向けられたその言葉は、だからと言って話しかけるといった雰囲気ではなく、まるで独り言のようだった。

「らしくねぇことねぇだろ。お前の詠唱破棄のかまいたちは俺の使役するこいつらよりも格段に速い。サクヤがやられる前に止めようとすんなら、最初っから鳥飛ばしとくしかねぇだろうが」

 そう言ってショウエイの正面に回りこむ。
 近くまで来た主を喜んで迎えるかのように、ショウエイの周りを飛び回っていた鳥達がジンの方へと移動する。
 項垂れたショウエイがゆっくりと顔を上げると、ジンが小さくつぶやいた。

「案外、慎重派なのよ。俺……」

 そう言って、皮肉たっぷりに口角を上げる。
 垂れた長い髪の隙間から睨みつけるショウエイのその視線の先には、いつもより感情がまるで感じられない、そんな笑みを浮かべたジンがいた。

「悪いな、ショウエイ」

 ショウエイを見下ろすその視線は、ゾクッとするほど冷たかった。

「お前にあいつの朔は無理だ。他の誰かならともかく……無理なんだよ、お前じゃ」

 その言葉にショウエイはびくりと体を揺らし、髪が肩からはらはらと落ちる。
 そしてその口から、絞りだすように声が聞こえてきた。

「無理ってなんです? 納得の行くように説明してもらえませんか、ジン。でなきゃ……あなたの鳥が私の呼吸を止めるよりも早く、私のかまいたちがあの子の首を落としますよ」

 一瞬だけサクに注意を移したジンが、またショウエイに視線を戻す。
 ショウエイは見た事のないような表情で、挑戦的な視線をジンに送っていた。

「どうします? もうこうなったら自棄ですからね。自分が死のうが、それより一瞬でも早くサクが死んでくれれば、私はそれで構わない」

 ショウエイのその言葉はジンも予想外だったらしく、眉根がぴくりと動いた。
 その顔に感情が戻り、ジンがぼそりとこぼす。

「らしくねぇな、ショウエイ。お前が自棄になってどうすんだ……」

 その言葉にショウエイは満足そうに笑みを浮かべる。
 ジンはめんどくさそうに大きな溜息を吐いて言った。

「まったく。時間がねぇってのに……簡単に言えば、朔は国を動かす以外は蒼月の事だけ考えてりゃいいって事だ。わかるか?」
「わからないですね。それじゃサクを助けてやる理由にはならない」
「なんだよ。頭使って考えろ、めんどくせぇな。じゃ……俺はあまり例え話は好きじゃねぇが仕方ねぇ。お前にわかるように話してやるから、よく聞いとけよ、ショウエイ。そうだな……」

 ジンがそう言って、わざとらしく首を傾げた。
 ショウエイは仕方なく、ジンの言葉を待った。

「そう、だな。ほら、暗い夜道で、風の音にも脅えるような夜の闇の中で、迷いそうになる奴を、恐怖で眠る事すらできねぇ奴らを静かに照らしてやるのが月だろ。明るい日の下、まぶしすぎて顔を上げられねぇような連中を、青空にただ浮かんで見下ろして、やがて来る夜を待つように知らせてやるのも月だ。じゃ月はいつ休めばいい?」

 ばつが悪そうに話すジンに、ショウエイはふっと小さく笑って言った。

「……似合わない例え話ですね、ジン」
「うるせぇ。んな事ぁ俺が一番わかってる」

 ユウヒが絡むと途端に人間くさくなると言った、ジンの言葉が脳裏に蘇り、サクは思わず噴出しそうになった。

 ――それはどっちだよ、ジン。

 そんなサクの気配に気付いたのか、ジンはサクの方に鳥を飛ばしてその頭を軽く小突いた。

「ショウエイ。お前じゃあいつが駄目になる。そりゃ、その手のあれこれについちゃ、正直サクヤとお前じゃお前のほ……」
「ジン! 何の話してんだよ!! だからユウヒに殴られるんだろっ!?」

 突然ジンの言葉を遮って割り込んだサクの声に、ジンは愉快そうににやにやと顔を歪める。
 言わされたのだと気付いて悔しそうにしていると、その姿を気の毒そうに見つめるホムラ付き女官のカナンと目が合い、サクは苦笑するしかなかった。
 ショウエイは呆れたようにジンに言った。

「その評価は光栄だけど……しかしまぁ、随分と気に入ったものですね、王様のこと」

 その言葉にジンはおもむろに溜息を吐いたが、その顔に浮かぶ笑みはその男がするものとは思えないほどにとても穏やかなものだった。

「馬鹿だからな……突っ走ったら止まり方も休み方もわからなくなる。ショウエイ、お前の側じゃあいつは眠れない。だけどこいつは違う、こいつなら……こいつが朔ならあいつは眠れない夜を過ごすこともなくなる」
「それが、理由?」
「……そうだ。蒼月が他の誰かだったらお前がサクヤをどうしようが俺は全然構わねぇ。でも今、蒼月はあいつだから、あいつが蒼月になるってんなら……朔引き受けてやれんのはサクヤしか、そこの馬鹿しかいねぇんだよ」

 そう言い終えると、ジンはショウエイの近くに寄ってからサクヤの方を見た。

「自棄を起こすな、ショウエイ。朔にはなれねぇが、馬鹿を支える奴は必要だ。なんせ頂点二人が揃って馬鹿だからな」
「……あなたにかかれば世の人全員馬鹿じゃないですか、ジン」

 ジンの言葉にそう返したショウエイは、寂しげな笑みを浮べて項垂れた。

「でもまぁ、わかりました。諦めますよ、今回は。それに……」

 小さな溜息が漏れる。

「これ以上の悪あがきは、子ども染みてて惨めになるばかりですからね」

 ショウエイはそう言って、手の扇をついっと振った。
 サクの周りで渦巻いていた風の刃はその音と共に静かに消えてなくなった。
 やっと身動きがとれるようになったサクは、何か言いたげにジンとショウエイを見たものの、そちらへは行かず、ホムラの方に近付いた。