「友情とでもいうのかな? 何なんでしょうね、君」
ショウエイが長い髪をかき上げ、刺すような視線をサクに向ける。
「さっきの……やっぱり君が朔をやるってそういう事なんでしょう?」
扇の先が少し揺れ、今度はサクの頬が切れて血が赤い筋になって垂れ落ちる。
「やはり邪魔だな」
そう言ってショウエイが艶やかな笑みを浮かべる。
殺意を感じさせるその微笑はとても美しく、そして鋭く冷たかった。
「次は密度も速度も上げていきますよ。私のかまいたちの精度は君とは比べものにならないくらい高いんです……君が何かしようとしても、それより前に私のかまいたちが君を襲う。次の一撃で、君はもう終わりだよ」
ショウエイの口角が上がる。
その途端、ショウエイの髪がふわりと揺れ、それと共にその顔から笑みが消えた。
――なんだ?
辺りの気配を探ってみるが、人の気配をサクは感じなかった。
ただショウエイの髪が揺れた瞬間、サクはまた何かの影を見たような気がした。
――また、鳥? 何が起こってる?
視線だけでもう一度辺りの気配を探るが、サクにはやはり何も感じられない。
だがショウエイは何かに気付いているようで、その額には汗が滲み、垂らした長い髪が数本、はりついているのが見える。
「やはりあなたでしたか。最初から仕込んでおくなんて、らしくもない……」
努めて冷静さを保とうとしているような、そんな声で話すショウエイをサクは初めて見た。
何かに意識を集中しようとしているのはわかるのだが、祠に他の誰かがいるような気配はない。
いや、正確にはどこかにいるのだろうが、サクにはそれがわからない。
ショウエイの顔が苦しそうに歪み、悔しそうに薄く開かれた唇から小さな囁きが零れる。
自分を殺そうとしている人物とはいえ、何が起こっているのかわからずにサクは戸惑いの表情のまま、苦しそうなショウエイを見つめる。
そんなサクの様子に気付き力なく笑ったショウエイは、溜息混じりに苦笑するとそこにいるはずもない人物の名前を口にした。
「ジン……いるんでしょう?」
「え、ジン?」
まだ身動きは取れないが、サクはその名の人物の姿を探す。
するとそれまでは何も感じられなかった空間に突如人の気配が現れ、それは微かな足音と共にゆっくりと二人に近付いてきた。
ホムラはその姿を目にするなり、まるでジンがここに現れることをあらかじめわかっていたかのように、自然に拝礼して顔をあげた。
「さすがは妹だな。大丈夫だとは言っておいたが、なかなか肝が据わってる」
「いえ、そんな……」
音の響かなくなった消音石の祠の中、久しぶりに聞く声が鼓膜を震わせる。
やっと姿を現したのは、まぎれもなくあのジンだった。
ジンは必要以上に近寄ろうとはせず、床に横たわったスマルを一瞥してにやりと笑うと、ショウエイとサクを交互に見て言った。
「やられっぱなしになるとは思わなかったぜ、サクヤ。お前、もうちょっとできると思ったのに」
がっかりしたようなその声に、サクはばつが悪そうに視線を逸らす。
ジンはまたいつものように薄笑いを浮かべてサクに言った。
「ま、俺は好きだけどね。何でもかんでも冷静に片付けちまうお前が、たまにそうやって、妙に人間くさいことやってくれるの」
何が言いたいのかと、サクが怒ったような顔で睨みつけると、ジンはさらりと言い放った。
「お前はあいつが絡むと、途端にただのつまんねー男になるよな」
「は? どういう事?」
「褒めてんだよ、馬鹿」
そう言うと今度はショウエイの方を向いて、ジンは言った。
「まぁそんなわけだから……悪いな、朔はお前には無理だ、ショウエイ」
それを聞いたショウエイは、開き直ったのか、またいつものような微笑を浮べてジンに言った。
「落とせない手駒は蒼月、他は誰がやろうが構わない……違った? いったいどういう心境の変化なんだか……ねぇ、ジン」
「ぁあ? まぁ、そうだな。俺も朔なんざぁやりてぇ奴が勝手にやれやと思ってたさ……ずっとな」
そう言ってジンが手をショウエイの方に向けると、その伸ばした腕にまとわりつくように二羽の黒い燕のような鳥が現れ、ジンの吹く、音にもならない程の小さな口笛を合図に宙返りをし、そのまままっすぐショウエイの方へと飛んでいった。
その黒い影のような鳥達がショウエイに近付いた時だった。
いったいいつからそのような状態になっていたのか、ショウエイの首に巻きついている黒い紐のようなものが、はっきりと目に見えるようになった。
ショウエイは時折苦しそうに顔を歪めながら、それでもジンに向けた冷たい視線は揺るがない。
ジンは何か思い出したのか、自嘲するような笑みを一瞬浮かべ、めんどくさそうに右の肩を回しながらショウエイに近付いて行った。