ライジ・クジャ


「……おい」

 サクに、黄龍が声をかけた。

「…………ん?」

 気のない返事をするサクに苦笑する黄龍は、光に包まれてその輪郭がぼやけている。
 時々、黄金色の髪をした見た事のない男の姿が見え隠れし、サクはぼんやりとあれが黄龍なのだろうなと思いながらその様子を見つめていた。

「俺がこいつから離れる前に、お前に話があるそうだ」

 その言葉にサクが驚いたように黄龍を見つめると、そこには一緒に過ごした時間こそ短いが、よく見知った男の瞳が、自分の事を見つめていた。

「スマル、か?」
「おう」

 同じ姿、同じ声をしているはずなのに、それはひどく懐かしく感じられた。
 サクが続ける言葉を探していると、それを察したかのようにスマルが手をかざしてそれを制し、代わって自分が口を開いた。

「あまり時間が無ぇんだ。お前、なんかうじうじやってるし……」
「うじうじってなんだ。お前には言われたくないよ」
「ひでぇな……あ、あのな、サクヤ。俺ん中にはヒリュウの記憶があるから言っとく。ユウヒなら大丈夫だ」
「……だったら泣くなよ」

 サクが言うと、スマルはばつが悪そうに目を逸らし、笑いながら言った。

「剣が腹貫いてんの見えて、平気でいられるかよ」
「見えんだ?」
「見えんだよ」

 そしてスマルは一呼吸置いて、サクの方を見た。

「サクヤ。腹括れ、お前が朔になってあいつ支えてやってくれ」
「なんだよいきなり」
「いきなりじゃねぇだろ? 俺は前にも言ったはずだ」
「…………そう、だったな」

 そして今度はサクがスマルに向かって言った。

「お前はどうなるの? もう土使いじゃない、よな?」
「……ルゥーンには行くよ。ただの人間になったつっても、まだ黄龍の力の受け皿くらいにはなれるわけだし」

 その言葉にサクは言おうとしていた何かを思わず飲み込んだ。

「ただの……人間?」
「あぁ。そうだよ」
「そうか……そういう事か」

 頭の中の必要な情報を必死に繋ぎ合わせて、サクはスマルの方を見た。

「お前は、それでいいの?」

 サクの問いにスマルからの返事はなかった。
 それこそがスマルの答えであり、サクももう出すべき答えは一つに絞られてしまった。

「……わかったよ。わかったから、早いとこユウヒのところに行ってやろう」

 サクがそう言うと、スマルは苦しそうに顔を歪め、そしてそのまま目を閉じた。

 会話の間、小さくなっていたホムラの声がまた大きくなる。
 スマルの姿は光に包まれて完全に見えなくなった。
 そして次の瞬間、その光はすぅっとライジ・クジャに吸い込まれ、光から解放され姿を現したスマルはその場にばたりと倒れた。
 慌てて抱き起こしたサクの腕の中でスマルの意識はなく、戸惑うサクのその目の前で、ライジ・クジャから金色の光が溢れ、やがてそれは一筋の光となって祠の天井を貫いた。

「うわっっ」

 空気の塊のような突風に襲われ、反射的にサクがスマルの体を庇う。
 渦を巻いていた祠の空気もいつの間にか静かになり、消音石が光り輝いている。
 ホムラの唱える呪文がまるで黄龍の復活を慶び讃える神聖な歌であるかのように、蒼白く輝く祠の中で高く、低く、鳴り響いた。

 金色の光は祠の屋根を通り抜けて上昇し、そのまま消えてしまっていた。
 それと共に少しずつ消音石も明るさを失い、ホムラの声ももうほとんど反響していない。

 気がつくと、祠の中はまるで何もなかったかのような静けさを取り戻していた。

「……そうだ、ユウヒ!」

 我に返ったサクがスマルをそっと床に横たえさせて立ち上がる。

「サク様急いで! 早く行って下さいませ」

 ホムラの言葉にサクは頷き、祠の出入り口の方に歩き出そうとした、その時だった。
 不意に誰かに呼び止められたような気がして歩みを止めたサクの足下に、パラパラと茶色がかった髪の毛が散らばった。

「く……っ」

 ほんの少し前の事だというのに、失念していた自分にサクは腹が立った。

 ――かまいたち……。

 振り返ると、閉じた扇をまっすぐサクの方に向けて、ショウエイが笑みを浮かべていた。