ライジ・クジャ


「ではショウエイ殿。あの木箱を渡して下さい。黄龍を……」

 サクはショウエイの方を向いて話を続ける。
 だがサクの言葉を遮るようにショウエイが口を開いた。

「いいですよ。でもここには持ってきていないから……そうだ、一緒に青龍殿の私の部屋まで来てくれますか? 他にもちょっと、用事があるんです」
「……? えぇ、構いませんが」

 戸惑いながらもサクが返事をした。
 それを聞いたショウエイは満足そうに笑みを浮べ、黄龍とホムラを交互に見つめた。

「それでは準備がありますから、ちょっとサクをお借りしますよ。ホムラ様と黄龍殿には、少々こちらでお待ちいただくことになりますが」
「……わかった」
「承知いたしました。お待ちしております。ただサク様は今……」

 ホムラがユウヒ側に付いたことでサクの立場が危ういものになっている事を指摘すると、ショウエイはハッとする程に柔らかな笑みを浮かべて静かに言った。

「その辺はご心配なさらずとも、ホムラ様。これでもそれなりの立場におりますから……それに彼は私の部下でもあります。うまく言い逃れる方法ならいくらでもありますよ。大丈夫ですから、安心して待っていて下さい」

 その笑顔に押されるようにホムラは次の言葉を呑んで、何か言いたげな様子ではあったが何も言わず、ショウエイに対して拝礼でもって答えを返した。

「では、行きましょうか、サク」
「はい。じゃ、黄龍……悪いけどここで」
「わかってる。行ってこい」

 ホムラ付きの女官、カナンが扉に施された二重の錠を解き、サクとショウエイは祠から出て行った。
 あとに残されたホムラと黄龍の視線がぶつかった。
 その途端、ホムラの体がびくりと硬直し、次の瞬間、ホムラの体の回りに薄靄のようなものがうっすらと白く纏わりついた。

「ホムラ様?」

 心配そうに声をかけるカナンをホムラが手を上げて制する。
 歩み寄ろうとした足をカナンが止めると、ホムラはゆっくりと歩き出して黄龍の目の前に立った。
 ホムラの背後にはライジ・クジャの光が蒼白く輝いている。
 俯いていたその顔をホムラが上げると、黄龍は驚きに目を瞠った。

「お、驚いたな……二人ともそこにいるのか?」

 黄龍のそのつぶやきの意味がわからず、カナンが一語一句聞き漏らさぬようにと耳をすます。
 ホムラはゆっくりと拝礼すると、まるで別人のような顔で話し始めた。

「久しぶりね、黄龍。まさか本当にこんな風に再会できるなんて、思ってもみなかったわ」
「お前は……華耶の方か。もう片方は、沙耶もそこにいるのか?」
「えぇ、もちろん。話しますか?」
「いや、いい……ここにあるのはヒリュウの記憶だけで、魂の方は今……」

 そう言いながらも、黄龍はそう言って懐かしそうに手を伸ばした。
 だが、そこにあるホムラの顔を見ると、気まずそうに顔を歪めてその手を下ろした。
 その様子をカナンが不思議そうに見つめていると、ホムラがいつもの見慣れた笑みを浮かべて口を開いた。

「カナン。驚かせてごめんなさい。今、私の側には華耶さん、そして沙耶さんという二人の魂が寄り添ってくれているの」
「魂、ですか?」
「えぇ、そうよ」

 まるで並んで立っている友人を見るかのように、ホムラが自分の両側へ交互に目をやる。
 そしてまたカナンの方を見て言った。

「華耶さんは250年前に月華によってその命を断たれた蒼月、そして沙耶さんはその双子のお姉さんで……その時のホムラを務めていた方よ」
「姉妹で……蒼月とホムラを、ですか?」
「えぇ、そうよ。そして……この二人をとても大切に想っていた方が、その時の禁軍の将軍、ヒリュウ様。ヒリュウ様はその時代の土使いでもあって、その魂は今、姉さんの中にあるわ」

 突然、想像もしていなかったような話を聞かされたカナンの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
 しかしカナンは自分なりにその話と現在の状況を咀嚼して理解し、精一杯の敬意をもって、ホムラと黄龍の双方に膝をつき、改めて丁寧に拝礼した。
 その様子を見て安心したように笑みを浮かべたホムラは、ゆっくりと深呼吸をして黄龍の方に向き直った。

「黄龍様、もうお気付きでしょうか。姉が……」
「あぁ、来ているな。急いだ方が良さそうだ」

 黄龍の言葉に頷いたホムラは、またライジ・クジャの向こう側に移動すると、その手を蒼白い光の上にかざした。

 祠の中に今までとはまた違った緊張感が漂い始める。
 黄龍とホムラの視線が、先ほどサクとショウエイが出ていった辺りに釘付けとなる。
 いったい何が起こっているのかカナンにはわからない部分も多かったが、それでも自分の主の決意に満ちた瞳を見つめ、ただただ全てがうまく行くようにと強く強く願っていた。