「準備は出来ております、サク様。どうぞ、こちらへ……」
戸惑いながらも促されるままに祠の中を移動する。
二人が、――正確には黄龍が――近付いた途端、祠の床のある一点が光り始め、そしてそれはみるみるうちに輝きを増して湧き出でる水のように光の泉となって拡がりだした。
これには居合わせたショウエイですら少し驚いているように見えた。
「これは……?」
思わず口を突いて出たサクの言葉に、ショウエイがその横に並んで答える。
「ライジ・クジャですよ、サク。皆、それが王都の名前だと思っているけれど本当はそうじゃない。この町の本当の名はコウリュウ、そしてライジ・クジャというのは今私達がが目にしているこの場所の事を指すんです」
「よくご存知でいらっしゃいますね。その通りですわ、ショウエイ様」
ライジ・クジャと言われた光の泉を挟んだ向こう側にホムラが立ち、サク達の方を見て話し始めた。
「本来、ライジ・クジャというのはこの場所の事を言います。他の町がヒヅ文字表記ができるのに対して、このライジ・クジャ、そして港町のはずれにあるカンタ・クジャの二つだけはこの国の古の言葉であるがためにヒヅ文字で表記することができません」
ホムラの言葉にサクは驚きの声を漏らす。
「それは……知らなかった。ショウエイ殿はご存知だったのですか?」
「私ですか? まぁこれでも春省の大臣なんてやっていますからね。ただこんな風になるなんて事はどこにも残っていなかったと思います……正直、少し驚きましたよ」
「そうでしたか。で、ここがライジ・クジャってのはわかりましたけど、それで、どうしたら黄龍を解放できるんですか?」
そこまで言ってから、サクが訝しげにショウエイを見つめた。
ショウエイは苦笑して、それから少し困ったように口を開いた。
「どうしたの? 私は一応はそちら寄りのつもりなんだけど……やはり私には言いづらい?」
「……いえ、そういうわけでは」
サクはそう言ってショウエイの言葉をやんわりと否定した。
そして少々の沈黙をもって逡巡した後に、意を決したように顔を上げて言った。
「結び目、というものを探しています。心当たりがなくもないのですが……それがない事によって黄龍は今このクジャの大地から引き剥がされた状態にあるのです。ショウエイ殿、そこで相談なのですが……」
先ほどとは打って変わって、何の迷いすらないサクの言葉にショウエイはゆっくりと頷いて返事をした。
「いいですよ」
「え?」
話を切り出す前にいきなり承諾の返事を得て、サクは戸惑いの声をあげた。
「それはどういう……?」
どう返事をしていいものかと迷うサクに、ショウエイの方が話し始めた。
「心当たりというのは恐らく、以前……王の即位式の準備の時だったかな? 君が開けてみたいと言ってきた木箱、あれの事でしょう。違いますか?」
「そう。その、木箱です。即位の際、新しく王として立つ方に手渡されるあの箱の中の小さな壷には、王旗と同じ、満月に龍が描かれていました。私にはこれといって力はありませんが、あの時ショウエイ殿はあの箱を開けたいと言った私に向かって、私には何かあるのだろうと仰いました」
「そうだったかな?」
「そうです。ショウエイ殿、あれは何ですか? あの壷の中に封印されているものはいったい何であるか、ご存知なのでしょう?」
問い詰めるようにそういうサクの背後で、事の成り行きを黄龍が見守っている。
その姿をちらりと流し見てから、ショウエイはサクの方を向いて言った。
「君が想像している通りですよ、サク。結び目って言ったかな? 黄龍をこの地から引き離した後、人間達はその黄龍の力を手中に収めることでただの人間である蒼月が、それ相応の力を得てこの国を治めていける……なんて、思ったのかもしれないね。それか、結び目を手にする事で、黄龍を意のままにできるとでも考えたのかな」
そう言って、ショウエイがサクの反応を窺うように首を傾げると、それに応えてサクが口を開いた。
「まぁ、最初はどうであったにせよ、時が経つに連れて今ショウエイ殿が仰ったような考えに落ち着いたんでしょうね。どういう経緯にしろ国から追い出された黄龍が自分達に対して妙な気を起こさないように、結び目を手中に収める事で安心したかったのかもしれないし」
「馬鹿馬鹿しい限りだな」
ぼそりと後ろから口を挿んだ黄龍に、サクは申し訳無さそうに小さく頭を下げた。