ライジ・クジャ


「お待ちしておりました」

 もう一度そう繰り返し、サクの方に差し伸べて微笑む。
 サクはその手を丁重に断って、自力でその穴から抜け出した。
 あとに続く黄龍にサクが手を貸してやる。
 黄龍は遠慮なくその手を掴んで軽やかに上ってきた。

 二人が少し寛げていた装束を整えていると、その目の前にホムラ、その少し後ろにホムラ付きの女官がやってきて静かに膝をついて拝礼した。
 国の民の心の拠り所とも言える存在、ホムラのそのような態度にサクがすっかり恐縮していると、背後から衣擦れの音がして、それに気付くと同時に男の声がした。

「君にしては随分と時間がかかりましたね、サク」

 ゆっくりと近付いて来る足音の方を振り返る。
 そこには久しぶりに見る男の姿があった。

「ショウエイ殿……」

 サクが申し訳程度に拝礼すると、ショウエイは相変わらずだねと言って小さく笑った。
 久しぶりに目にするその何とも艶のある笑みに、サクも思わずそちらこそと言葉を返した。
 ショウエイの視線がサクの隣の男に移る。
 そして少し首を傾げて口を開いた。

「君は……以前と少し感じが違うようですね。スマル、と言いましたか」

 何かを探るように黄龍の器となったスマルを見つめるショウエイに、サクは隠し通すのは無理だと判断してショウエイに言った。

「彼はスマルですが……その、違うんです。実はルゥーンの方でいろいろありまして、今は……今の彼は、その……言っても俄かには信じ難いかと思いますが……黄龍、なんです」

 その言葉にほんの一瞬、微かにショウエイの瞳が揺れた。
 だがサクはそれに気付くことはなく、何をどこまで話して良いものかと黄龍とショウエイを交互に見ながら考えていた。
 ショウエイが懐中から扇を取り出して、またいつものように少しだけ開いてその口許を覆い隠す。
 見慣れたはずのその姿に、サクは何故か妙な違和感を覚えた。

「いいえ、信じますよ。そう……黄龍、ですか」

 随分長い間を置いてショウエイがそう答えると、サクと黄龍は顔を見合わせ、そしてゆっくりと頷いた。
 それを見たショウエイは身なりを正し、扇をまた懐中にしまうと、黄龍の前に膝をついて拝礼した。
 黄龍はやれやれと言った風にショウエイを見下ろしていたが、少し顔を上げて黄龍をちらりと見上げたショウエイと目が合うと、困ったような顔をして何かをサクに耳打ちした。
 その一部始終を見ていたショウエイが何事か窺うようにサクを見つめる。
 サクは小さく息を吐いて言った。

「そういうのはやめて欲しいみたいですよ。それより……その、ショウエイ殿にお願いがあるのですが、よろしいですか?」

 いきなりそう切り出したサクを、ショウエイが訝しげに見つめ返す。
 サクはそのまま話を続けた。

「その前にまず一つ。ショウエイ殿は……どちら側の人間ですか?」
「どちら、って言うと?」
「言葉の通りです」

 サクがショウエイをじっと見つめている。
 ショウエイはまた扇を手に取り、もう一方の手で髪をかき上げた。
 ふと気付いてサクが口を開く。

「今日はもう終わりですか? 髪、下ろしてらっしゃるんですね」
「あぁ。何だかもう仕事どころではなくなってしまったというのかな。だからさっきおろしてしまったんだよ」
「そうですか……」

 気のないサクの返事にショウエイが思わず苦笑する。
 ショウエイは少し考え込むような態度を見せた後、腕組みをして口を開いた。

「さっきの、だけど。どちらかって言えば、君達側に近いと思っているよ。だから君達がやろうとしている事はだいたいわかっているつもりだし、わかった上で、邪魔をするつもりもないよ、と言っておきましょう」

 ショウエイの言葉にサクは少し安心したように緊張を解き、そしてまた話し始めた。

「それは心強いです、ショウエイ殿。実は我々はここの黄龍の解放のために来たのです」
「黄龍の解放を?」
「はい、そうです」
「その事でしたら……」

 二人の会話に口を挿んだのは後ろに控えていたホムラだった。