入り口は蒼月楼の地下にあった。
そこの主人達が代々口伝に伝え、その秘密を守ってきたのだ。
その存在は女将にすら知らされることはなかったらしい。
蒼月楼に着いたサクと黄龍はそのまま主人の部屋に通され、女将とはそこで別れた。
主人の部屋には隠し階段があった。
そこから地下へと下り、そこから暗い地下通路を主人を先頭に移動した。
道を覚えようにも視界はあまりにも暗く、手が触れた壁はひんやりと湿っていて、目印も何もあったものではなかった。
ただ導かれるままに歩き続けているうち、少しだけ広い空間に行き当たった。
主人はその空間の真正面まで進んでいき、ここです、と小さく言った。
目に見えるような扉はなく、ただ手を伸ばすと、そこに張られた結界か何かに触れでもしたかのように指先がちりりと痺れてはじかれた。
何も記憶にないサクはここまでかと一瞬落胆した。
だがその封印も蒼月楼の主人によって解かれ、促されるままにサクと黄龍は突如目の前に現れた真っ暗な道に足を踏み入れる。
主人はその先にまで入ってくることはせず、二人に向かって丁寧に拝礼をすると、その場に残り、歩き出した二人の背中を心配そうに見送っていた。
開いた道には灯と言えるようなものはなかった。
真っ暗な闇の中を、ただひたすら二人は前へと進んだ。
そこは人工的に掘られた通路のようで、わき道のない一本道になっていた。
迷いようもないその道をずっと進み、急に空気の流れる気配を感じられる場所に出た時、サクがその足を止めた。
「行き止まりか?」
黄龍が確認するように言うと、サクは手探りで周りの状況を確かめた。
「ほとんど見えない場所を触ってみるってのは、何とも緊張するものだな」
「なんだ、怖いのか?」
「そりゃ怖いさ、当たり前だろ?」
苦笑混じりながら正直にそう漏らしたサクの声に、黄龍はサクの手をおもむろに掴んで、その手を天井へと伸ばした。
「ここ。この辺りだ」
「ここ? 動かないぞ? どうなってんだかわからないな……黄龍、何か見えているのか?」
思っていたより少し低めのその天井はやはりひんやりとしていた。
サクは必死に目を凝らして、天井に何かないかと隈なく探す。
すると、明らかに人工的に手を加えられたと思われる四角形に掘られた部分があることに気付いた。
「あった! あったけど……これ、どうすればいいんだ? 黄龍、何か知らないか?」
「俺だって初めて来る場所だぞ? 押すとか引くとか……」
「なんだよ、そっちもそれか。じゃ、押してみるか」
そう言ってサクはつま先で立ち、背伸びをするようにしてその四角い部分を押し上げてみた。
何も起こらないかと思われた次の瞬間、行き止まりだと思われた目の前の壁が白い霧のようになって消え去り、その先にはゆるやかに上へと伸びる階段が続いていた。
「行くしかないよな」
サクがそう言って歩き出し、黄龍もそれに続く。
蒼月楼から続いていた通路と似ているようで明らかに異なっていたのは、その階段のある通路には一定間隔で足下の壁に消音石が埋め込まれている事だった。
おかげでその通路はわずかばかりだが明るく、それまでより随分と歩きやすかった。
しばらくして、サクがある事に気付いて独り言のようにつぶやいた。
「不思議だな、ここ。こんなに地中深くに潜った気はないのに、さっきから上っても上っても……なんだこれ」
それを聞いた黄龍は、思わず小さく笑っていた。
「笑うなよ。じゃぁお前は全部わかってるのか?」
「わかっているというか、記憶になくとも過去のお前が準備しておいたものなんだろう? 多少捻くれた仕掛けがあっても、何の不思議もないんじゃないか?」
「俺が捻くれてるって? まぁ、少々捻じ曲がってるってのは認めるけど……あぁ、くそっ」
「どうした?」
「こういうのわからない体質が不便だなって、生まれて初めて痛感してるところだよ」
本当に悔しそうにそう言ったサクに、黄龍はまた小さく笑った。
他愛のない会話を続けながら、二人は階段を上り続けた。
足が疲れ、階段を上るその足を上げることが辛くなってきた頃、徐々にその段差が小さくなり、やがてそこは階段ではなく、やや傾斜のある平らな坂道に変わった。
そしてやはり気のせいではなく、足下には風を感じた。
通路内の空気が動いている。
どこかに続いているというその気持ちが、その歩調を速めていく。
しばらく行くと小さな横穴が一つ現れた。
その天井部分には丸く削られた消音石がはめ込まれている。
「ここだな……」
サクがそう言って横穴に少し前屈みになって入り、その天井を両手で強く押してみた。
残念ながら、それだけではその天井部分はぴくりとも動くことはなかった。
サクは黄龍を呼び、今度は二人掛かりでその天井を消音石ごと押してみた。
蒼い消音石がごりっという音を立ってて天井部分にめり込んでいく。
それと同時にその辺りの岩ががりがりと耳障りな音を立てて上方へと動き始めた。
力を合わせて天井を押し上げていると、不意に外の空気が上から二人のいる空間へと流れ込んできた。
それまでも不思議と息苦しさはなかったが、久しぶりに吸い込む新鮮な空気が体中に行き渡っていく感覚はとても気持ちよかった。
その喜びを力に変えて、サクは一気に天井部分を押し上げ、外に顔を出した。
そこは一面消音石で造られた、城の敷地内にある小さな祠だった。
抜け穴は確かに城へと続いていたのだ。
「お待ちしておりました。サク様、そして……黄龍様」
唐突に女の声がした。
サクが驚いて辺りを見回すと、そこには静かに微笑み自分を見つめるホムラの姿があった。