札幌 部屋探し 賃貸 名古屋 7.加速する運命

加速する運命


「シムザ?」

 剣を握った両腕を押さえられたまま、ユウヒがその表情を歪めてシムザを見つめる。
 シムザはおかしくてたまらないと言った風に散々笑った後、シュウと睨み合ったまま、もう片方の手でその胸ぐらを掴んだ。

「陛下、お気を確かに。いったい誰にこんな……」

 思いも寄らぬ力に押されながらもシュウは必死に王に呼びかけた。
 だがその声もやはり届かず、シムザはシュウを自分の方に引き寄せて笑いながら言った。

「なぁ〜んだ、お前もそうか……禁軍の将軍なのに、俺じゃなくって姉さんの方を護るんだなぁ……なぁ?」

 皮肉っぽく笑っているつもりなのか、シムザの顔が醜悪に歪む。
 シュウが何か言い返そうとしたその時、シムザがまた何かをつぶやき、その途端シュウの動きがぴたりと止まってしまった。

「お前が悪いんだよ、将軍。王を護るって仕事を放棄したんだからね。俺が……俺がこの国の王なのに。どいつもこいつも、俺を何だと思ってんだよ……ふざけんなよ? 俺が、俺が……」

 そうぶつぶつと小さく言いながら、シムザは次に二人の将軍とユウヒの方に向き直った。
 シュウはまるで金縛りにあってしまったかのように動かない。
 ユウヒを取り押さえていた二人が、その手を離して立ち上がる。
 サジは剣を抜き、トウセイはシュウに掛けられたであろう呪を解くため、慎重に逆呪文を唱え始めた。

「トウセイ、まだか?」
「くそっ! 何か特殊な呪のようで……通常の逆呪文じゃ」
「効かねぇなら何でも試してみろ! 普通のもんなら、うちの大将がそんなつまんねぇ呪にやすやすと掛かるわきゃぁねぇんだ」
「わかってます! 今やってます!!」

 サジが数歩前に出て、シムザと対峙する。
 剣を向けられたシムザはにやりと笑った後、数歩下がり自分の手にあった剣を投げ捨て、代わりにシュウの手から月華を奪い取ってゆっくりと構えた。

「へぇぇぇ……すごいねぇ、この剣。これで王を護るんだろう? それを何やってるんだよ、うちの将軍はさぁ」

 シムザが俯いて何かをしきりにつぶやいている。
 だが様子を窺う周りの気配に気付くと、ゆっくり顔を上げ、くすくすと小さく笑い始めた。

「まったく……使えない将軍様だね。もちろん、あんた達もだよ。わかってる?」

 そう言って踏み込んできたシムザの速さは既に人間のそれとは思えないほどだった。
 その一撃をもろに受け止めたサジの顔が微かに歪む。

「勝てないよ、あんたじゃ。俺は姉さん倒すんだよ、王様だからね。だからそこを……」

 押し負けたサジの足が地面を滑ってざらざらと音をたてる。
 シムザはにやりと笑って、サジに言った。

「そこをどけよ。お前に用はないんだ」

 こみ上げてくる笑いを押し殺したような声で静かにそう言ったシムザは、易々とサジを押し飛ばし、そのままユウヒの前に歩み出た。

「あれ? 抵抗とかしないの? いつもみたいに説教とかすればいいのに……ねぇ?」

 くすくすと笑うシムザをユウヒが心配そうに見つめる

「シムザ。あんた……」
「あんた、何? 今なら何でも耳を貸すよ? だって姉さん、もうここで死んじゃうんだから……」

 まるでユウヒとシムザ以外は誰もいないかのように、周りの音は何も聞こえなかった。
 自分達以外は時間が止まってしまったような、そんな不思議な空間の中で、シムザは剣を構えユウヒに向かってまっすぐに踏み込んできた。
 ユウヒは逃げようとする素振りすら見せずにシムザを見つめ、その身を月華が貫いても、その視線を逸らすことはなかった。

「へへ……へへへ…………ど、どうだ? やったよ、俺は。これで俺がこの国の……っ!!」

 突然シュウの呪が解けた。
 前のめりになりながらも態勢をすぐに整え、ユウヒに向かって走り出す。
 サジとトウセイは王を取り押さえるべく、二人掛かりでシムザに飛び掛った。
 先ほどまでとは別人のように、シムザは抵抗もせずに呆然としている。
 ユウヒは自分の腹に深く突き刺さった月華の柄を握り締め、その場に膝から折れて倒れた。

「ユウヒッ!」

 慌てて駆け寄ったシュウが、剣に貫かれたままのユウヒをそっと抱き起こす。
 ユウヒはシュウを見ると小さく笑って言った。

「ちょっと予定が変わったけど……でも………」
「わかってる! いいから黙れ。喋るな」

 ユウヒはシュウの腕を掴んでさらに続けた。

「……ご、めん……ね。ごめ…………」
「わかってるから……いい、喋るな」

 そうは言いながらも心配そうに見つめるシュウを、消え入りそうな意識をかき集めてユウヒも見つめ返す。

「……あと……頼……む……ょ……シュウ…………。す……すぐ…………っ……」

 シュウがその言葉に頷いてみせると、ユウヒは力なく笑った。
 他にも何か言おうとしたのか、微かに唇が動いたが声にはならず、ユウヒの目が閉じられる。
 それと同時にユウヒの体重がシュウの腕にかかり、落とさないようにと抱きかかえたその腕を掴んでいたはずのユウヒの手が離れ、そのまま力なくだらりと落ちた。