「おい、待て。ユウヒ」
シュウが小さく声をかけその肩を掴んで止めようとしたが、シムザの腕を掴もうと踏み込むユウヒの方が一瞬速かった。
だがシムザの異変にはユウヒもどうにか気付くことができた。
シムザが剣を握りなおし、振り払うようにユウヒに向かって剣を振るうより早く、ユウヒは自らの剣でそれをいなしてかわし、数歩後ろに飛び退いた。
「シムザ?」
戸惑いながら呼びかけたユウヒの声はシムザに届いているとは思えなかった。
腕の痣が妙な熱を帯びて、思わずユウヒが顔を歪める。
同じくして鞘に納められたシュウの月華も、蒼白い光を放って耳がやっと捕らえられるほどの低い音をぶんぶんと響かせ始めた。
「どうしたの? シムザ!!」
もう一度声をかけたが、ユウヒの声はやはり届かないようだった。
ユウヒの背後でシュウが月華を抜くと、そのシュウに向かってシムザが怒鳴りつけた。
「馬鹿者が! 将軍、余計な手出しをするでない!!」
「……しかし陛下。今の陛下の状態では、この者を倒す事は……」
「うるさぁぁぁあああいっっ! うるさいうるさいうるさいっ!! 黙れぇぇえええええ!!!!!」
突然シムザが怒鳴りだした。
ユウヒは二本目の剣も抜き、シムザから間合いをとった。
「シムザ……あんた、どうしたの?」
「は? どうもしてねぇよ、姉さん。いつも、いつもいつもいつも! いつもそうやって、心配そうな顔して俺を見るんじゃないっ! 俺はそんなに駄目か? そんなにどうしょうもない男なのか?」
口を挟もうにもシムザの口から洪水のように、言葉はあとからあとから溢れでてきた。
そこに怒りや焦りといった感情は感じられず、何かに突き動かされでもしているかのようにシムザは叫び続けた。
「ちょ……ちょっと! あんた、いったい……」
「どうもしてねぇよっ! 俺はこの国の王だぞ!? そしてお前は王に仇なす者だ、そうだろう? なぁ……そう、そうだよ。俺が……俺がこの手で直接始末をつけてやるよ、姉さんっっ!!」
シムザが剣を構える。
ユウヒはそれをいつでも受けられるように、二本の剣をしっかりと握り締めた。
「……呪いです」
背後からトウセイのつぶやきが聞こえてきた。
ユウヒはシムザから視線を逸らすことなくトウセイに尋ねた。
「どういうこと? 呪いって何!?」
言葉を交わしているうちも、シムザは一人で何かをぶつぶつとつぶやいて、時折腹立たしげに大きな声を上げている。
そしてユウヒの注意が完全に背後に向いた瞬間、シムザが薄笑いをその唇の端に浮かべてユウヒに切りかかってきた。
間一髪のところで交わしたユウヒは、また背後に飛び退いて間合いを取る。
「なんだろうね、この妙な感覚は……」
そう小さくつぶやいて剣を構えてシムザを見つめる。
シムザはまだぶつぶつとつぶやいていたが、いきなり目を見開くと、大きく踏み込み間合いを一気に詰めてきた。
その動きは郷の男達のそれとは全く異なったもので、ユウヒはどうにかシムザの攻撃をかわしつつも、やはり感じる違和感の正体をずっと探っていた。
次々に繰り出される剣をユウヒはいなしては交わし、その度に耳につく金属音が辺りに響く。
そこに突然シュウが割って入った。
「シュウ!」
「なんだ貴様はっ!!」
ユウヒは驚き、はじかれたように顔を上げ、シムザは悔しそうに歯軋りをしながらシュウを睨み付けた。
「お、おぉ、お前は禁軍の将軍じゃないのか? 何故邪魔をする! 余に加勢してとっととこの女を斬って捨てちまえよっ!!」
「お気を確かに、陛下。いったいどうなさったのです」
冷静にそう言って、シュウが力でシムザの剣を押さえつける。
しかし信じられないことに、それを跳ね除けようとするシムザの力がシュウの力と均衡しているようで、金属の擦れ合う不快な音をじりじりとたてながら、二本の剣が上に下にと揺れている。
「退け、ユウヒ。陛下は何者かに操られている。おそらく傀儡の呪か何かだろう。時間が経てば経つほどその呪は強くなっていく。すぐにお前の力ではどうにもできなくなるぞ」
「そう……だけど、だからって……」
「無理だと言っているんだよ。ここは俺に任せて下がれ。トウセイ! サジ!」
「はい!」
シュウに呼ばれて剣を鞘に納めた副将軍二人がすぐ近くまで寄ってきた。
「ユウヒを頼む」
「わかった!」
まるで引き剥がすかのようにユウヒをその場からずるずると離れさせる。
その瞬間、シムザの口から笑い声が漏れ、いきなり大きな声でシムザが笑い出した。