「失礼。黒州州軍の副将軍、シキ殿とお見受けするが……相違ないか」
いきなり声をかけられたシキは、驚いたように禁軍の先頭にいる二人を見つめたが、丁寧に拝礼してその言葉に応え、自ら改めて名乗った。
「いかにも。此度は将軍の代理にて軍を率いている。黒州州軍が副将軍、シキだ。そちらは禁軍の副将軍、サジ殿とトウセイ殿……かな?」
「その通りです。で、その……どうします? 我々もやりますか?」
わざわざ問わずとも返る言葉はわかりきっていると言わんばかりの口調でそう尋ねたのはトウセイだ。
そして思わず苦笑を漏らし、ゆっくりと首を横に振ってシキは答えた。
「いや……できれば何も。我々が剣を交える事に意味があるとは思えない。もちろん、反逆の徒としてここで粛清されるというのであれば話は別だが……それは受け入れるわけにはいかない」
シキの言葉にトウセイとサジは顔を見合わせて頷き、またトウセイが口を開いた。
「そういう事なら話が早い。元より、粛清などという考えすら持ってはいません。我々も同意見です。意味のない戦闘は避けるべきだ……が、城のお偉方がそれで納得してくれるかどうか」
「だな。とりあえず降りるか。この国の民を巻き込まないってのがわかってるなら空中にいる事にすら意味はない。逆によく見える分、民にいらぬ不安を与えるだけだ」
トウセイに続けてサジがそう言うと、シキが頷いて返事をした。
「その言葉に偽りはないようだ。我々としても戦いを避けられるのならばそれに越した事はないし、民の不安を煽るのも本意ではない。降りて様子を……いや、ちょっとお待ちいただきたい」
穏やかだったシキの表情が急に険しくなり、ある一点を睨みつけるように見つめている。
その視線をトウセイとサジが気取られないように追うと、その先にはそこにいるはずのない人物が剣を手にゆらゆらと覚束無い足取りで歩いていた。
「そんな、まさかっ!」
「おいっ、どういうこった!?」
トウセイとサジが手綱をぐいっと引いて騎獣の向きを変える。
掛け声と共にその腹を蹴り、猛烈な速さで急降下していく。
「陛下!」
トウセイが口にしたその言葉にその場にいる兵士達の間に緊張がまた走り、皆の視線が足下に落ちる。
宙を駆け下りる騎獣の向かうその先には、見違える程にやつれ果てた王シムザの姿があった。
「どういう事だ? 行方がわからなくなってからいくらも経ってないだろう!?」
戸惑ったようにサジがトウセイに問うが、ずっと行動を共にしていたトウセイがその訳を知っていようはずもない。
「わからないですよ、私だって! でも何かおかしいです……サジも気を付けて」
苦しげな表情で首を横に振ってトウセイが答えると、サジはいつもの調子で言葉を返してきた。
「誰に言ってんだ? でも陛下の様子がおかしいのは間違いない。お前も気を付けろよ」
「誰に言ってるんですか? でも……不測の事態ってのはありますからね、気を付けますよ」
そして気配に気付いたシュウに向かってサジは声を張り上げた。
「シュウ! 陛下が!!」
シュウ、そしてユウヒの視線が忙しなく動き、辺りを見回しその人物を探す。
駆け抜けた二頭の騎獣の行く先にその姿を捉えて、シュウもユウヒも剣を納め、手綱を引いてその後を追った。
上空にいたその他の禁軍の兵士達も、様子を窺いながらゆっくりと下降してくる。
シムザは引き摺るようにして剣を持ち、よろよろと力なく歩いている。
騎獣に乗って近付いた四人がそれぞれ飛び降りるようにして騎獣から離れ、王の許へと駆け寄っていく。
「どいて! 通してっ!!」
その異様な形相に、禁軍の男たち三人を押しのけてユウヒが一番に歩み寄った。
「シムザッ!!」
ユウヒの声にびくりと身を震わせ、ゆっくりと声のした方を向いてシムザが顔を上げる。
その瞳がユウヒの姿を捉えると、突然そこから完全に光が消えた。