加速する運命


「行かせて良かったのか?」

 誰もが呆然として言葉を失っている中、シュウがユウヒに声をかけた。

 薄く色付いた雲が大気に混じり消えていくのがぼんやりと見える。
 さっきまでの光景がまるで幻であったかのような呆気なさである。
 ユウヒは風に煽られた髪をもう一度一つに結いなおしながら、笑みを浮かべて頷いた。

「そうか……」

 あまりに迷いのないユウヒの微笑みに、シュウは腰にある月華の柄を無意識に握り締める。

「そう、か……」

 何かを確認するかのようにもう一度そう言ったシュウは、手にある月華が少し熱を帯びていることに気が付いた。
 そしてそれに気付いた事で、シュウは今までできれば避けたいと思っていた選択肢が、実は唯一の選択肢である事に気が付いた。

 導くのは王から下賜された王の剣、月華。
 シュウの脳裏に月華解放の際のホムラの言葉が蘇った。

 ――御身を護る剣をここに捧ぐ。汝、その名は月華。その魂をここに捧げよ。

 ――其は希望、其は光、遍く照らし、その全てに誓え。汝、その魂の在り処を知れ。

 嫌が上にも思い浮かぶ、月華に隠された真の能力。
 禁軍の将軍を務めるものが口頭で伝え聞くそれを、シュウはその時まで半信半疑で完全に信じてはいなかった。

 月華に呪を施し、最初にそれを与えた蒼月が、時の禁軍将軍にだけ伝えたというその力についての記述は、国中の書物を紐解いたとしても残ってはいない。
 だが長い時を越えて語り継がれてきたそれには、語り継いでいかなくてはと思わせるだけの意味があるに違いないと、歴代の将軍が今日まで脈々と繋いできたものだ。
 どのような状況でも恐れに震えることのなかったシュウの体が、現在自分が置かれている状況に気付いた瞬間、その重圧に身震いを覚え、背筋には冷たいものが走った。

「……とんだ貧乏くじを引かされたもんだ」

 思わずこぼしたシュウの表情が苦しげに歪む。
 そして深く息を吸って呼吸を整えたシュウは、右手で月華の柄をしっかりと握り締め、雑念を振り払うかのように一気に抜いた。
 蒼白い光を放つ刀身には、解放時と同様、古の文字が刻印のようにはっきりと浮かんでいる。
 かつて知ったるそれとはまったく異なる月華がそこにあった。

 それを見たユウヒが意を決したように風除けの布を音をたてて取り去った。
 その腕には蒼い火炎のような紋様が浮かび上がっていた。

「いくよ」

 そう言っていきなり騎獣の背に立ち上がったユウヒは、腰にある剣の長い方の一振りを抜いて、まるでその背に翼でもあるかのように軽々と宙に飛び出してシュウに切りかかってきた。

 地上から随分高い中空での突然のユウヒの初撃を、シュウは戸惑いながらも月華で受ける。
 金属と金属のぶつかり合う、甲高い音があたりに響く。
 押し戻されて後ろに飛ばされたユウヒがその身を反り返らせ一回転する。
 足から落下していったそこには先ほどまでユウヒを乗せていた騎獣が、呼ばれでもしたのか、さも当たり前のように移動してきていて、優しく抱きとめたかに見えるほどふわりとユウヒの体を受け止めた。

「ありがとう、いい子ね」

 ユウヒがそう言ってその背を撫でると、甘えているのとはまた違った音で騎獣は喉を鳴らした。
 そんなユウヒの姿に影が落ち、見上げると上空からシュウが月華を手にユウヒの事を見下ろしている。
 目があったと思った瞬間、手綱を握っていたシュウの左手がピクリと動き、それと同時にシュウを乗せた騎獣が急降下を始めた。
 逆光の中迫ってくる影、翻る風除け布がばたばたと音をたて、その影の人物の手にある月華が冷たい銀色の光を反射する。
 ユウヒは剣を握り締めると、足で騎獣の腹をぽんと軽く蹴った。

「ごめん、休んでられないみたい。避けて」

 そうユウヒが言うと、その意図を酌んだのか獣の本能なのか、騎獣は威嚇するような声をあげてから宙を蹴り、落下の勢いも加わった強烈な月華の一撃をもろに受け止めることなくかわして後方に跳ね退いた。

 シュウとユウヒが騎獣を操り剣を交えている中、その上空では自分達の足下で戦う二人を見守りながら、禁軍と黒州軍の両軍が何をするでもないままに対峙し続けていた。
 禁軍側のトウセイとサジが顔を見合わせ二言三言の言葉を交わす。
 そしてお互いの意思を確認した後、サジが黒州軍の先頭にいる兵士に向かって声をかけた。