先に口を開いたのはユウヒだった。
「待たせたね、シュウ!」
響き渡るその声はあまりにいつもと同じで、それがシュウの迷いを吹き飛ばした。
苦笑混じりに一つ溜息を吐いて、シュウはユウヒに向かって言った。
「本当に戻ってきたんだな、ユウヒ。言ったはずだぞ、お前じゃ俺には勝てない」
「わかってるよ、そんな事。でも……私は負けないよ」
そう言いながら、ユウヒの騎獣だけがゆっくりとシュウの方に進んでくる。
「やっと例の力を使う気になったか?」
「まさか! あ、でも……」
四神の力を自分のものとしてユウヒが戦える事はシュウも知っていた。
だがシュウの言葉にユウヒは慌てたような顔を見せて、自分の胸に手を当てて言った。
「そうだよ、すっかり忘れてた。みんな、出てきて!」
シュウが、そして両軍の兵士達が見つめる目の前で、ユウヒはそう言って四神を呼び出した。
黒州軍は既に一度目にした事のある四人の若者の姿が、ユウヒのすぐ側の中空に浮かび上がり、今度は黒州の時とは違って鮮明にその姿を現した。
初めてそれを目にする禁軍兵士達の間に動揺が走る。
見目も麗しいその若者達は、その周りを囲むようにユウヒの乗る騎獣の両側に現れた。
まさかと目を疑う兵士達の前で、ユウヒはその僕達の名を愛おしそうに口にした。
「朱雀」
「はい」
そう返事をした赤い髪の長身の女が、ゆっくりとした動作でユウヒに頭を下げ、そのまま静かに片膝を付いて腰を下ろす。
何もないはずの宙に浮いたまま、右手を左胸に当てて頭を垂れる。
女の長い髪がさらさらと風に靡いている。
ユウヒの視線がそのすぐ隣に立つ青い髪の男に移った。
「青龍」
「はい」
小さく笑みを浮かべて返事をしたその男が、赤い髪の女と同じように片膝を付く。
「玄武」
「……はい」
心配そうな瞳をユウヒに向けたまま、忠誠の礼をとり、黒い髪の男が頭を垂れて目を瞑る。
最後にユウヒは、頭の後ろで腕を組み、自分の順番をずっと待っていた白銀の髪の青年に声をかけた。
「白虎」
「おう!」
嬉しそうに歯を見せてにっこりと笑ったその男は、ユウヒの肩をぽんと叩いてから、他の三人と同じように腰を下ろした。
ユウヒは少し照れたような顔をして、その四人の姿を見つめ、そしてゆっくりと深呼吸をした。
説明をする前から自分の主が何を言おうとしているのか皆わかっていた。
顔を上げた四人に対して、ユウヒは一気に言い放った。
「命令よ。みんな、自分の州に還って事態を収拾してきて欲しいの。私はここでやる事があるから一緒にはいけないけど、約束するよ。絶対に大丈夫だから」
そう言って笑ったユウヒを見て、若者達は満足そうに笑みを浮かべてもう一度頭を下げた。
そしておもむろに立ち上がった四人に、騎獣に乗ったままのユウヒが手を差し伸べる。
その手に四人の手が重なると、ユウヒはその手の上にさらに自分の手を重ねた。
両手で包み込むようにして四人の心の在り処を感じ取る。
ユウヒは安心したのか嬉しそうに笑みを浮かべて、四人それぞれの顔を順に見つめた。
「私は大丈夫。みんな、この国を、この国の民を頼んだよ」
「はい」
ユウヒと四神の思いが重なり、その声が重なる。
ゆっくりとユウヒがその手を解くと、皆名残惜しそうにユウヒを見つめ、そして順にユウヒを抱き締めるとユウヒに向かって言った。
「いってきます」
「うん」
ユウヒが頷くのを合図に四人の姿は大気に溶け込むように薄れていき、雲をひいた風と共にあっという間にその場からいなくなった。