加速する運命


「ん?」

 すぐに気付いたのは数名。
 だがそれも徐々に拡がり、全軍が理解するまでにいくらもかからなかった。

「来たか、ユウヒ」

 不敵な笑みを浮かべて遠い空を見つめるシュウの背後には、この国の精鋭、禁軍が揃っていた。
 かつて多くの時を共に過ごしたユウヒと、このように再会する事を望んでいた者はもちろん誰一人として存在しない。
 それでも誰一人欠けることなく揃ってこの場にいるのは、禁軍に籍を置いているという責任とその誇りからだ。
 将軍のすぐ後ろに控えていた二人の副将軍、トウセイとサジが少し前進してシュウに並ぶ。

「あちらも気付いてますね、こちらに」

 トウセイが確認するようにシュウに言い、サジがそれに続く。

「それでも来るって、そう思ってるんだろう? どうなんだ?」

 シュウは少し顔を歪めてその問いに答えた。

「あぁ。あいつは退かないな、そういうヤツだよ。ここで退くくらいなら俺が国境まで送った時に逃げてる。だろ?」
「そうですね」
「だろうな」

 そう言って頷いた二人の副将軍と共に、シュウは近付いて来る黒い影をずっと見つめていた。
 ゆらゆらと揺れているように見えるそれは確実に近付いてきている。
 シュウは後ろを振り向き、同じように遠くの影を見つめている兵士達を見渡した。

「どうするおつもりですか、将軍」

 すぐ横でトウセイの声がした。
 トウセイはシュウの本音が聞いてみたいと思っていた。
 いや、トウセイだけではない。
 もう一人の副将軍サジを始め、そこにいる者は皆、何故という疑問を心のどこかに秘めている。
 その言葉を口にしたのはトウセイだったが、間違いだとわかっている答えをあえて選んだ、自分達の長の真意を知りたいのはそこにいる者達の総意だった。

 トウセイの言葉にその場の視線はシュウ一人に集まった。
 シュウはそれに応えるかのように一人ひとりの顔を見回して、困ったように小さく溜息を吐いた。

「ショウエイ殿に言われたよ。俺は真っ先にあいつに付くだろうと思っていたそうだ」
「それは……そうだろうな。俺も今回の判断は意外だった。まぁ、わからんでもないがな。禁軍が王を捨ててあっち側に付いたともなれば、国内はより一層混乱するだろうし……とか、そんなところだろう?」

 サジが言うと、シュウは否定も肯定もせずにただ力なく笑って見せた。
 それを受けてサジとトウセイが顔を見合わせて頷き、口を開いた。

「いいですよ、将軍。我々はあなたに付いていきますから」
「あぁ。ホントのところ何を考えているのかよくはわからないが、それでも俺達はお前を選ぶ。いいな」

 トウセイとサジ、2人の言葉に皆が迷わず首を縦に振る。
 そしてトウセイは確認するように、念を押すように一言付け加えた。

「ただあなたが迷っているのだけは困ります。既に選択したのであれば、顔を上げていてもらいたいものです」

 シュウは静かに笑みを浮かべて、それから少しだけ考えてから言った。

「俺からは一つだけ。あいつの相手は俺一人でする。誰も手出しはするな」
「言われるまでもない。力の差は歴然、誰もお前に助太刀しようとは思わないよ」

 サジがそう答えると、シュウは少し困ったような顔をした。

「ま、それはそうなんだが……今回はな、そういう問題じゃねぇんだよ」

 そう言ったシュウの声は小さく、語尾の方はほとんど誰の耳にも届いてはいなかった。
 そうこうしているうちに遠くの影はどんどん大きくなり、ついにはその瞳に友の姿をはっきりと映すまでに近くまで迫ってきた。

「ユウヒ……」

 シュウが苦しげに小さくつぶやく。
 どんどん近付いてきたその軍勢は、迷う様子もなくその間合いを詰めてきた。

 双方とも、街にいる民達を巻き込まないようにと考えているのはわかっている。
 それを踏まえれば、弓矢による攻撃に備え、その射程内に入らないよう警戒する事自体、時間と労力の無駄である。
 思っていた通りに禁軍が矢を射ってこないと見ると、ユウヒを先頭に黒州軍は、全軍を城を背後に待ち構えている禁軍のすぐ近くまで進めてきた。

 そこには殺気といった殺伐とした空気はまるで流れてはいない。
 表情まではっきりとわかるその距離で対峙した両軍は、緊張感とはまた違う異様な雰囲気に包まれていた。