美容整形 インプラント 7.加速する運命

加速する運命


 ライジ・クジャの街は静まり返っていた。

「すごいな、こんな王都は初めて見るよ」

 思わずサクがこぼすと、黄龍も戸惑いの表情で辺りを見た。

「ここは……こんなだったか?」

 今以上に活気に溢れていたであろう、かつてのライジ・クジャと比較しているのだ。

 確かにそれも無理ない事だ。
 サクですら、どこを見ていいのかわからないような状態なのだ。
 自分達一行を警戒して何らかの指示があったのだろうか。
 街を歩くも、擦れ違う人は誰もいなかった。
 そればかりか、警備に当たっているであろう軍関係者にすら会いもしない。

「……なんだ?」

 サクは胸に渦巻く疑問をあえて口に出してみた。

「どうした?」

 黄龍が声をかけてくるが、サクはその思いが形にできない。

「いや、なんで誰もいないのかなと……」

 そう言って、辺りをぐるりと見回した。

「誰も?」

 黄龍が問い返す。
 サクは足を止めて辺りを見回し、ゆっくりと息を吐き出した。

「おかしいだろう? 軍の連中にすら会わないなんて。街の人達は巻き添えくわないようにって思ってるんだろうけど……あぁ、そうか。そういうことか」
「なんだ? 一人で納得しているようだが」
「いや。わかってるんだよ、あっちも。俺達がこの国の民を傷つけることはないって事がさ。戦とは違うんだ、民を護ってやる必要はないんだよ。まぁ、最悪の事態として、王都の民を人質にされでもしたらどうしようかと思っていたんだけど……そんな事をしたら事態が落ち着いた後に王への不信感で政がどうにもならなくなるしね」
「そうだな」
「うん、あっちもそこまで馬鹿ではなかったって事だ。安心したよ」

 そう言って小さく笑ったサクが、一転してすぐにその顔を曇らせた。

「今度はなんだ」

 呆れたように黄龍がまたサクに訊く。
 サクは黄龍のすぐ近くに歩み寄ると、少し身を寄せて小さな声で言った。

「って事は、城に直接向かったところで……何もできずに捕まって終わりって事だよな」
「まぁそうだろうな」

 黄龍がサクの考えを探るようにその瞳を覗き込む。
 サクは手を腰に、もう片方の手でまたいつものように髪を弄りながら考えを巡らせ始めた。
 その様子を見ながら、黄龍もまた辺りを見回す。
 まるで人の気配が感じられなかったが、ある一画を覗き見た時、視界の隅に何者かの影が動いたように感じた。

「おい……」

 黄龍が視線を動かさないままサクに声をかける。
 その様子に、サクは無言のままで黄龍の視線を追った。

「誰かいるぞ」

 小さく囁くように黄龍が言うと、サクは警戒しながらも何かの気配を探るように黄龍に言われたその一画を凝視した。

「誰だ、誰かいるのか?」

 威圧も威嚇もしない穏やかな声でサクが呼びかける。
 その声に応えるように姿を現したのは、腰の曲がった小さな老婆だった。

「……私達に何か御用でも?」
「おい待て。こいつ……」

 決して無防備にしていたつもりはなかったが、老婆に近付こうとしたサクを黄龍が肩を掴んで止めた。

「どうした?」

 戸惑った顔でサクが訊ねると、黄龍はサクを押しのけるようにして老婆に近付いた。
 老婆は黄龍の正体に気付いているわけでもなさそうだったが、その割りには曲がった腰には辛いであろうに、やけに丁寧に二人に拝礼した。
 サクが不思議そうに見守る中、黄龍は老婆に向かって言った。

「お前、妙な臭いを纏っているな。ここに来る前、誰といた?」

 黄龍の言葉にサクは首を傾げる。

「臭い? 俺にはそんなものわからんが……」
「だろうな。臭いって言っても、まぁ気配のようなもんだ。俺達みたいな連中特有のな」

 黄龍が言った『俺達』というのは、すなわち国を守護する者達、人ではなく、神と呼ばれる存在の事であることはまず間違いない。
 だがサクにはそのような気配も感じ取ることはできず、その老婆に畏怖の念を感じることもなかった。
 有無を言わさぬ圧倒的な存在、それが黄龍や四神、この国の神と言われる者達である。
 サクは訝しげに眉を顰めて言った。

「気のせいじゃないのか?」

 その言葉に黄龍は首を横に振り、そして再度その老婆に問いかける。

「誰といたのだと聞いている。答えられないのか?」

 老婆は少しの間じっと黄龍を見つめた後、何かを決意したかのようにその場に膝を折り平伏した。

「何の真似だ?」

 平坦な口調で黄龍が問うと、老婆は地面に手をついたまま顔を上げて言った。

「白髪の少女をこちらで預かっております。その者と先ほどまで一緒におりました」
「白髪の少女? 知らんな。何者だ?」

 黄龍が問い返す。
 老婆は黄龍の事をまじまじと見つめ、さらに言葉を継いだ。

「何者かは存じませぬ。尋ねても答えようとはしませぬ故。ですが、とある方に頼まれて見世物小屋から引き取りこちらで保護しております」
「して、その人物とは?」

 サクが話に割って入ると、老婆はその問いの答えをサクに向けて言った。

「ジンと申す男でございます」
「ジン、だって?」

 サクと黄龍が顔を見合わせる。
 老婆はまた地面に額がすりつかんばかりに深々と平伏した。
 サクがさらに問い質そうとした時、まるでそれを制するかのように黄龍がまた口を開いた。