「なぁ、ユウヒ」
「ん?」
声をかけたのはサクだった。
少し緊張感の混じったサクの声に、ユウヒはもう少しだけサクに近付いてから問い返した。
「どうした? 何かあった?」
のぞき込むようにして首を傾げ、返事を促す。
サクは小さく息を吐いてから言った。
「王都まではまだ随分あるけど、俺はここから別行動で行っていいかな」
「え? あぁ……そういえばそんな事を言ってたような……」
「結果的にお前達を陽動に使わせてもらう事になるけど……いいよね? 俺には俺で、やんなきゃならない事があるからね」
サクはそう言って、黄龍の方を見た。
黄龍は全てわかっているようで、そんなサクを目を細めて見つめ返した。
ユウヒはもうその時点では全てを決めていたのだろう。
ただ静かに二人を交互に見つめて、まるで用意しておいたかのように次の言葉を吐き出した。
「黄龍も一緒に行くのね?」
「あぁ」
「じゃ一つだけ。何をしに行くのかを聞いてもいいかな、サクヤ」
ユウヒの言葉に、サクは少し驚いたようだった。
そして呼吸二つ分程の時間で考えを整理して、自分がまだそれらしいことを何も言ってない事に気が付いてサクは苦笑した。
「説明不足だったね、ごめん。結び目の話は覚えてるだろ?」
「結び目? あぁ、黄龍の……つまり、どういう事?」
「つまり、この国から引っぺがされてるこいつを、また括りつけてくるって事」
「ちょ……サクヤ、もっと言い方ないの? そりゃ間違っちゃいないだろうけどさ」
ユウヒが呆れたように言い、それを黄龍が楽しげに見つめる。
サクは二人の様子を確認してから、あらためて言い直した。
「やっと帰ってこれたんだ。黄龍をまず元に戻してやらないとね。本来の力を取り戻してもらって、来るべき時に備えてもらわなきゃならないだろ?」
「最初からそう言いなさいよね!」
ユウヒはそう言って笑うと、おもむろに黄龍の方を見た。
「……? なんだ!?」
不思議そうに黄龍が訊くと、ユウヒは少し考えてからそれに答えた。
「本当に長い間待たせてごめんね。黄龍が本来の姿に戻ることで、私の……その、蒼月の力とかそういうのがどうなっちゃうのかわからないから、今ここで言わせてもらうけど、えっと……ありがとね」
「……なんだ、それは」
黄龍は少し怒ったようにそう言った。
そして黄龍はそれを知ってか知らずか、その器となった男がいつもそうしていたようにユウヒの頭に手を置くと、髪をくしゃくしゃとやりながら頭を撫でた。
「え……っ?」
されるがままになりながら、ユウヒが驚いたように目を瞠る。
黄龍はそれを気にした様子も見せずに、今度はユウヒの頭を優しくぽんぽんとやりながら口を開いた。
「蒼月と黄龍が時を同じくして同じ場所に存在する。それもおそらく何とかってのの仕業で、必要だからこうなっているのだろう? だったらおかしな事なんざ何も起こりはしない。どうなるかは誰にもわからないが、この国を導こうとしているお前がどうにかなってしまう事などないから安心しろ」
「黄……」
「こちらも、どうなるかは知らんが『器』なら……この男なら大丈夫だ。妙な心配はするな」
黄龍はそう言うと、ばつが悪そうにユウヒに背を向けた。
不安そうな顔をどうにか押し隠そうとしているユウヒの肩にぽんと手を置き、大丈夫と一言伝えてサクは黄龍に並んだ。
「月華が解放されたから急ぐよ。俺と黄龍はここで。いいかな、ユウヒ」
手綱をすでに握り締め、振り返った肩越しにサクが笑う。
ユウヒはゆっくりと頷いてから言った。
「うん。そっちの方が大変そうだから、こっちは悪目立ちしながらいくとするよ」
「そうだな。悪いがそうしてもらうと助かるよ」
「黄龍を、頼むね」
ユウヒが言うと、サクは頷き、わざと大きめの声で返事をした。
「スマルも、だろ。じゃ、一足先に行っているから。城で会おう!」
軽く手を上げたのを挨拶代わりに、サクが地上に向けて駆け下り始めると、ユウヒを一瞬だけちらりと見た黄龍が、無言のままでそれに続いた。
二人がいた場所にぽっかりと穴が開き、ユウヒを囲む四神達が心配そうに主を宥めながらその姿を消していく。
静寂と緊張が再び戻ってきた。
首飾りの青い玉は相変わらずほのかに熱を帯び、ユウヒの両腕の痣もくっきりと浮かび上がったままだ。
「リン……」
玉を握り締めて小さくつぶやいたユウヒの言葉に応えるように、その小さな青い六角柱の石は僅かに蒼白く光った。
ユウヒはまた手綱を握り、愛おしそうに騎獣の背を撫でる。
その行為に甘えたような音で喉を鳴らした騎獣が、ゆっくりと宙を進み、先頭のシキと並んで止まった。
「シキ、行こう」
「……はい」
先頭の二頭がゆっくりと駆け始める。
すると次々に騎獣達が興奮したように鼻息を鳴らし、その二頭に続く。
誰もが緊張した面持ちで、無言のままで手綱を握り締める。
目指すは王都、ライジ・クジャ。
最後の迷いを断ち切ろうとでもしているように、騎獣達は少しずつその速度を上げていく。
耳障りな風を切る音が、ヒューヒューとまとわりついてくる。
それをも振り払おうとしているのか、先頭のユウヒはさらにその速度を上げた。
視界の先に王都が見え始めると、首飾りの青い玉はまた少しだけ温かくなった。
「リン……今行くからね…………」
ユウヒは前方を見つめたまま、胸に揺れる首飾りを強く強く握り締めた。