「ショウエイ様、ありがとうございます」
カナンにあらかじめ用意させておいた水を手に、ホムラがショウエイの目の前に屈んだ。
水を受け取り少しずつ喉を潤すショウエイに頭をさげ、もう一度、感謝の言葉を口にしながら丁寧に拝礼したホムラは、立ち上がりカナンに預けていた月華を持ってまたすぐに戻ってきた。
「シュウ将軍、月華をお返しします」
その言葉にハッとしたようにシュウは目を瞠り、ショウエイがどうにか自分で座っていられるのを確認すると、ゆっくりとその場に立ち上がった。
向かい合うように立つシュウに対し、ホムラは両手で持った月華を捧げるように差し出した。
それを同じように両手で受け取ったシュウは、すぐに月華の変化に気が付いた。
「……見ても?」
「もちろんです、あなたの剣ですから。ご覧になって下さい」
ホムラに促され、シュウは周りと少し距離をとってから月華を一気に引き抜いた。
微かに、月華解放の際に感じた空気の振動をその鼓膜が感じ取る。
それはどうやらシュウだけが感じた感覚ではなかったようで、カナンも、そしてショウエイも不思議そうに解放されたという月華を見つめていた。
「軽い? だが……物理的な重さとは違う重さに似た何か。これは……」
同じだが何かが違う、その感覚を確かめるかのようにシュウは月華の柄をぐっと握り締めた。
その何かの正体を探りながら、シュウは月華の感触をあらゆる感覚でもって感じ取ろうとでもしているようだった。
それをずっと見つめていたショウエイがふと思い出したようにホムラの方に視線を移した。
「そういえば……」
まだ回復には時間を要しそうではあるが、そのショウエイが小さな声で話し始めた。
「月華の解放の呪文は、古の言葉で詠唱されるのでは……ないんですね」
それはシュウも気になっていたようで、ショウエイの言葉に頷くと言葉を継いだ。
「それは俺も思いました。儀式や儀礼といった類で使用される呪文というものは、全て古の言葉で行われるものとばかり思っていたから。正直、驚きました」
「いいえ。月華解放の呪文も、本来であれば全て古の言葉で詠唱されます」
二人の言葉にホムラはそう答えた。
きっぱりと言い切ったそれがあまりに意外で、シュウとショウエイは顔を見合わせた。
「では、なぜそのような事をしたかという話になるのでしょうが……」
ショウエイに歩み寄ったホムラが、底の方にまだ少しだけ水の残った竹筒を受け取り、そのままそれをカナンに渡す。
両手の空いたショウエイは、少しだけ装束を寛げてからゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと、手を貸してくれますか。シュウ将軍」
「あ? あぁ……気が付かなくてすまん」
ショウエイに催促されるままに、シュウは自分の肩を貸した。
「古の言葉を用いなかった事で、少なからずショウエイ様の身に負担をかけてしまったのならば謝ります。申し訳ありません」
ホムラが頭を下げると、ショウエイは憔悴してはいてもうっすらと笑みを浮かべて首を横に振った。
「少し意地悪をしてしまいました。あなたは……あれを将軍に聞いてもらいたかったのでしょう?」
反応を伺うように首を傾げて、ショウエイがホムラの方を流し見る。
そんなショウエイを見て少し安心したように小さく息を吐いて、ホムラはまた話し始めた。
「ショウエイ様の仰るとおりです。月華がいったいどういう刀剣であるのかを、私は今一度あなたに聞いていただきたかったのです。シュウ将軍」
「俺に?」
「そうです。他ならぬ、禁軍将軍を務めるあなたにです。あの一連の言葉は、王から禁軍将軍に月華が下賜される時にも本来であれば耳にするはずの言葉なんです。今回はまぁ…仕方がなかったとして、先の王の時には先代のホムラ様によってこの言葉が詠われる中で月華を手にしたかと思いますが……」
「……覚えてねぇなぁ」
「まぁ、そうでしょうね」
悪びれずに言ったシュウに、ショウエイが呆れたように返した。
だが、そんなシュウを援護するかのようにショウエイはホムラに言った。
「古の言葉なんて、その意味を知らない人間にしてみたらただの音でしかないですから」
「まぁな。いや、でも同じような言葉は確か俺が禁軍に上がった時にも聞いたような気がするな」
「はい。そのはずです。私がホムラとしてこちらへ上がる前ですから、そうお話してもどれだけの説得力があるのかはわかりかねますけれど」
ホムラはそう言って笑ったが、言葉とは裏腹にその視線は自信に満ちていた。
シュウは強い光を放つ瞳に見つめられて思わず息を呑む。
そして先ほどのホムラの言葉を思い出し反芻していた。
それにホムラも気付いたのだろう。
シュウの様子を見て、満足そうに小さく笑みを浮かべた。
御身を護る剣をここに捧ぐ。汝、その名は月華。その魂をここに捧げよ――。
其は希望、其は光、遍く照らし、その全てに誓え。汝、その魂の在り処を知れ――。