共鳴


「何をする気だ……?」

 シュウがそう思った途端、ホムラがまた口を開いた。

「土より生まれし金よ、その身を冷やし水を生みだせ。生まれ出でし水よ、その身を持って木々を潤せ。豊かなる木々よ、その身を焦がし炎となれ。燃え盛る火よ、灰となりて大地に還れ」

 意味のわかる言葉が聞こえてくると、自ずと耳がその意味を拾いに行く。
 シュウはホムラの言葉に耳を傾けた。

「西方の白虎。北方の玄武。東方の青龍。南方の朱雀。今ここに集え、黄龍のもとに。御身を護る剣をここに捧ぐ。汝、その名は月華。その魂をここに捧げよ」

 ホムラがそこで一息つく。
 研ぎ澄まされた空気が、祠の中でピンと張り詰める。


 ――キン…………――――。


 呪文というよりは祈りを捧げているようなその言葉はまだ続いている。

「其は希望、其は光、遍く照らし、その全てに誓え。汝、その魂の在り処を知れ」

 月華に添えられていた右手が、ゆっくりと指先で刀身を撫でるようにして剣先に向かって静かに動いていく。
 撫でられた刀身には深い蒼色の古代文字が、まるで刻印のように浮かび上がった。


 ――キーンッッ…………――――。


 再び、だが先ほどのものよりも大きな空気の振動が一瞬にして拡がり、ひどい耳鳴りのように周りにいる者達の鼓膜を襲う。

 カナンは思わず両手で耳を塞ぎ、シュウとショウエイはその不快さに顔を歪めた。
 ホムラはまるで陽炎の女達に守られているかのようで、その様子に変化は見られない。
 目を瞑り、心を落ち着かせるように長い深呼吸を終えた後、目を開いたホムラは言い放った。

「月華! 解放!!」

 そして手にした月華の刀身を下に向け、輝くその切っ先を、光を放っている全ての中心点に勢いよく突き立てた。


 ――キーンッッ…………――――。


 その途端、耳鳴りにも似た波動が月華から放たれた。
 さらにはまるで水が溢れ出るかのように、蒼白い光が月華の付きたてられたその点から漏れ出し始める。
 その漏れ出た光は消音石の床がどろどろに融けているようにも見え、隙間すらなかったはずのそこに裂け目でも存在しているかのような錯覚を起こさせる。
 直後、溢れる光のその中に、月華が徐々に呑み込まれているように沈んでいった。

 その月華の上に手を翳して、ホムラはまた古の言葉で何かを唱え始める。
 柄の部分まで飲み込まれた月華が、今度は何かに引っ張られているようにどんどんその姿を見せ始めた。

 手の届く高さまでになった月華の柄にホムラが手を伸ばす。
 シュウが見つめる前で、ホムラは何の躊躇いもなくその剣を引き抜き、まだ光を放っているその刀身をゆっくりと鞘に納めた。
 すると、それまで光を放っていた床がみるみるうちにその光を失っていき、あっという間に元の明るさへと戻ってしまった。

 それを合図にショウエイがまた印を結び始め、結界を元に戻す作業に入る。
 ホムラはまだその場に立ったまま、鞘に納めた月華をじっと見つめていた。

「大丈夫ですか?」

 たまらずシュウがホムラに声をかける。
 その声に体をぴくりと強張らせたホムラは、静かに腕をおろし、シュウの方を見た。

「……はい。ありがとうございます」

 もっと疲れ果てているかと思ったホムラは何もなかったかのように笑みを浮かべ、その背後でまだ結界を操作しているショウエイの方が明らかに消耗しきっていた。
 床に描かれていた術式陣も、八方に伸びていた光の筋ももうどこにも見当たらない。
 さきほどまで月華を呑み込んでいた床にも、小さな裂け目すら残っていない。
 全てが夢か幻であったかのように、祠の中は最初に見た時の状態、そのままだった。

「…………っ」

 詰めていた息を吐き出すような気配がして、衣擦れの音と共にショウエイが床に手をつく。

「ふ……っ。さすがに……さすがにちょっと、疲れましたね」

 体を支えるのがやっとだと言わんばかりの心許無い様子に、シュウが慌てて駆け寄った。

「大丈夫か」
「……駄目ですね」
「おいおい……」

 悪びれもせずにそういうショウエイに、シュウは思わず苦笑した。
 だがその言葉もまんざら嘘というわけでもないようで、ショウエイに添えられたシュウの手には、体を支えていられないショウエイの体の重みが少なからず感じられた。