共鳴


「で、カナンと言ったかな?」
「はい」

 シュウはホムラに目を向けたままでカナンに訊いた。

「お前は今、ホムラ様がどういう事をなさっているのか、わかるか?」
「いえ、聞かされておりません。ですが……」
「そうだ。その前に聞いておこう。ここで我々がこのように話していること、この儀式に障りはないのか?」

 シュウがカナンの言葉を遮り、思い出したように問いかける。
 するとカナンは問題ないと小さく頷き、また話を続けた。

「では、お話を続けさせていただきます。さきほどショウエイ様も仰っていた通り、この月華の刀剣解放という儀式はおそらくこれで二度目。刀剣が初めて禁軍の将軍様に下賜された時以来の事ではないかとホムラ様は仰っておいででした」
「ほぅ……で、それは文献か何かで知ったのかな?」
「いいえ。何と言いますか……ここ最近のホムラ様は、本当にどこか神がかっておいでで……」
「神がかっている?」
「はい……」

 カナンはそう言うと、自分の主を心配そうに見つめた。

「目の前に広がる世界が、昨日までのそれとはまるで違うと、そう仰っていました。少し前の事ですが……聞こえなかった声が聞こえ、この国がより色鮮やかに見えてきた、とも。ホムラ様の身に何かしらの変化が起こったようなのですが、見ている限りではその変化というものはわからないのです。内面的な何か、なのでしょうか」
「ふぅ〜ん……まぁ、一つ考えられるのは、少し前ってのはおそらくユウヒが黒州に入った頃だろう。ホムラ様にそういった変化が見られたのは、あの日蝕とかいう自然現象の日以降の事ではなかったか?」
「そう……いえば、はい。その頃からかもしれません。はっきりとそれを口に出して私に伝えて下さったのは数日前のことですが」
「月華の解放についても何か調べたり、そういった事はなさらなかったのか?」

 訝しげに目を細めてホムラの足下の光の筋をシュウが見つめる。
 カナンはそんなシュウの背中に向かって言った。

「はい。調べ物の類は何も。ただ『忙しくなる』とだけ私に伝えて、この祠によく足をお運びになられました」
「そうか……」

 そう言葉を交わしているうちに光の筋から横に光が分かれ、中心となる点から同心円状に大小いくつかの円が光で描かれた。

 目を瞠るシュウとカナンのすぐ近くにも、光の筋がすっと横切った。
 ホムラが月華を持ち替えてゆっくりと抜刀していくと、現れた刀身が床に走った蒼白い光を反射してなのか白銀の輝きを放つ。
 思わず息を呑んだシュウがよく見ると、円の中心の点から光を吸い上げているかのように、床の光の筋が月華に向かってその光の先を伸ばしていた。

 ホムラの口から短く切ったいくつかの古の言葉が吐き出される。
 その度に床の円の中に幾何学模様が描かれて、ホムラの言葉に合わせて古代文字が光の中に現れる。

「この光の円陣は……解放の呪文の術式になっているということか……」

 シュウがぼそりとこぼすと、少し余裕が出てきたらしいショウエイが顔を上げ、シュウの方をちらりと見て静かに頷いた。
 どうやら相当に力を消耗しているらしく、ぱらぱらと落ちてきた前髪や後れ毛を、手で払うことすらしようとしない。
 その時のシュウの位置からはショウエイの表情までは窺い知れなかったが、それでもその疲労の程は見ているだけで伝わってきた。

 ホムラの方に視線を戻す。
 その瞬間、シュウは思わずぞくりと総毛立った。

「な……んだ、あれは……」

 床の術式が増えるに連れて、祠の中はその明るさを増してくる。
 下から照らされているそのホムラのすぐ背後に影のような、いや、陽炎のようなものがゆらゆらと揺れているのが見える。
 それは徐々に大きくなり、まるで人のように形を変えた。

 今のホムラと同じような恰好をした女人が二人、ホムラの背後に陽炎のようにゆらゆらと光の揺らぎとなって見えている。
 それはホムラを支えるように、抱きかかえるように背後から手を伸ばして、その細い肩に手を添えているようにも、抱き締めているようにも見える。
 ホムラもまた、その二人に寄りそうように体を委ね、そのまま手首を使ってくるりと月華を回し、左手に持ち替えた。

 ぎゅっと柄を握り締めるホムラの手に、陽炎の女達の手が静かに添えられる。
 よく見ると、その陽炎のように揺らめいている女達二人の顔は、本当によく似ていた。

 そしてまた、ホムラの詠唱する呪文の調子が変わる。
 力強い声で何かに言い聞かせるようにも聞こえるその呪文を口にしながら、真一文字に持った月華を肩の高さに掲げてぴたりと止めた。
 その柄は女が握るには太く持ちにくい。
 その刀身も、そのような態勢で持つには相当に重いはずである。
 それを華奢なようにしか見えないホムラが、伸ばした左腕一本で支えているのだ。
 いや、そのホムラの腕を支えるように、陽炎の女達の手もまた月華の柄に添えられている。

 何が起きるのかとシュウが固唾を飲んで見守る中、抜刀の際にその場に投げ捨てるように放り出された月華の鞘が、光の円の中でふわりと浮き上がりホムラの右手に吸い寄せられていく。
 そしてそれをホムラがパシッという音を立てて受け止めて握り締めると、鞘を持ったまま、親指以外の四本の指を伸ばして月華の刀身に添えた。