その一つ一つがいったいどういう意味があるのかはわからない。
ただ、古の言葉で呪文を唱えつつ印を結んでいるショウエイの顔に汗が滲み始めたのを見ていると、とてつもなく強大な力を操っているのだという事はこの方面に無知なシュウでも窺い知ることができた。
いつも涼しげな顔をしているショウエイの表情が、時折苦しげに歪む。
この場面でシュウのできる事は何もなく、ただ黙ってその光景を見守るしかない。
ふと、祠の外はどうなっているのだろうかという疑問が頭の隅をよぎる。
だが誰かが様子を見に来る様子もない。
ならば何かしらの悪影響を及ぼしそうな雑念など捨て、解放の儀式を見守る方が良いだろうとシュウはホムラの方を見る。
彼女はそこに、ただ静かに立っていた。
ショウエイが結界をどうにかし終えるのをずっと待っているのだろう。
――それにしても……なかなか時間を要するのだな。ショウエイ殿はまだか?
いつもの雅やかな艶のある声とは違う、甘さの欠片すらも感じられない中低音のショウエイの呪文詠唱の声が祠の中に響き渡っている。
あちこちに反響したそれは幾重にも折り重なったように聞こえ、それがいったいどのような意味を持つのかをわからない者の耳にも、おそらく特別な力を宿した呪文であることが理解できるような、そんな得体の知れない神聖さがあった。
ただ見ているだけのシュウの額にも緊張のためか汗が滲み出した頃、祠の中の空気が少しずつ変わり始めた。
ショウエイの印を結ぶ手が合掌したままで止まる。
それと同時に消音石の光が陽炎のように揺らぎ出した。
――終わった、のか?
何が起こっているのか窺うようにシュウがショウエイを見つめる。
するとその背後に立つホムラの方に動きがあった。
やはりショウエイの仕事は一段落ついたらしい。
そして今度はホムラが月華の解放に取り掛かろうということなのだろう。
高く掲げるようにして月華を持っている、ホムラの細い腕が白く浮かび上がる。
その口から、先ほどのショウエイとはまた違う調子の古の言葉が吐き出され始めた。
まるで歌うような抑揚で詠唱されるその呪文は、思わず聞き入ってしまうほど、耳に優しい響きを持っていた。
心なしか、祠の中が少し前よりもさらに明るくなってきている。
ショウエイは視線だけで辺りを見回すと、どうやら輝きを増してきたのは部屋全体、中でも一番光を放っているのは今自分達が立っている床らしかった。
――なんだ?
何かに気付いたシュウが、ショウエイの側からホムラの正面にぐるりと回りこんだ。
そしてその何かを確かめるようにホムラの足下を凝視する。
やはりそこにはホムラのすぐ前にある一点を中心に、まるで床に亀裂でも入って地下から光が漏れ出しているかのように、光の筋が八方向へと伸びていた。
「ん?」
思わず声に出る。
するといつの間に側に来ていたのか、ホムラ付きの女官カナンが背後から声をかけてきた。
「発言のお許しをいただけますでしょうか」
肩越しにその声の主を見やると、シュウはまた視線をホムラに戻して頷いた。
「堅苦しいのは無しだとお前の主が言っていた。かまわんよ。なんだ?」
「ありがとうございます」
それでもシュウから半歩引いた位置で、カナンはその主、ホムラを見つめて言った。
「ホムラ様のお足下、八方に伸びる光の筋は……」
「正確に東西南北、さらにはその中間を指している。違うか?」
「……恐れ入りました。その通りでございます」
「いや、この祠が各方角にその壁が面するように建立されているのは前から気付いていた。その壁に向かってまっすぐに光が伸びていたからな。祠の向きをたまたま俺が知っていただけだ」
シュウの言葉にカナンがゆっくりと相槌を打った。