葬儀 ケータリング 6.共鳴

共鳴


「随分と簡単に月華を渡しましたね」

 すっと音もなくシュウの隣に並んだショウエイが言った。

「あ、あぁ……」

 答えたシュウの表情には戸惑いの色が浮かんでいる。
 じっと見つめるその掌にはまだ月華の放っていた熱が残っていた。

「手がどうかしましたか?」

 ショウエイがその手を見つめて不思議そうに訊ねると、シュウは何かをその手に閉じ込めるかのようにぎゅっと握り締めて言った。

「いや、何でもない」

 態度とは逆に、シュウの声はまるで興味がなさそうな声だった。

「そうですか」

 その声に応じたそっけなさでショウエイはそう言うと、小さな瓶を懐中から取り出した。
 興味津々で見つめるシュウの前で、ショウエイはいかにも慣れているといった手つきで封印を解いて蓋を開け、人差し指をその瓶の中に挿し入れる。
 中には何らかの液体のようなものが入っているようで、それを指につけては自分の手の甲や腕に見慣れない模様を淡々と描いていく。
 初めて見るその光景をシュウは感心したように眺めていた。

「あんまりじろじろ見ないでもらえませんかね」
「別にいいだろ? 減るもんじゃなし」
「……気が散るんです」
「そんなもんか?」

 見るなと言われてシュウはショウエイからホムラの方に視線を移した。

 風など起こりようのない祠の中という閉ざされた空間にありながら、ホムラの長く艶やかな黒い髪は下から吹き上げる風に煽られでもしているかのようにゆらゆらと靡いている。
 その手にある月華はやはり気のせいではなく光を放ち、蒼白く輝いている。
 ホムラはゆったりとした姿勢で両手で月華を持ったまま、目を瞑り、意識をぐっと集中しているように見える。
 まるで見惚れるようにその様子を見つめるシュウにショウエイが声をかけた。

「武官のあなた方はあまりこう言った光景を目にする機会もないのでしょう。ましてや月華があんな風になったところなんて、初めて目にするのでしょう? どんな気分ですか?」

 視界の隅に、ショウエイが先ほどの小瓶をまた懐中に戻しているのが映る。
 その腕には文字のような記号のような紋様が描かれていた。

「そうだな。確かに……初めてだな、あんな月華は。これから何をやろうとしているのか。まぁ、正直……少し、びびってはいるかな」
「よく言いますね、そんな事。興味津々って顔じゃないですか、あなた。でもまぁ、私も正直なところ驚いてはいますよ」

 ショウエイの言葉にシュウの動きが止まる。

「そうなのか?」
「えぇ。私だって、あんな月華は初めて目にしますからね」

 ショウエイはそう言って前に歩み出ると、月華を手にしたホムラの背後に背中合わせに立った。
 その気配にホムラの腕がぴくりと反応する。
 少し顎を引いて背後を確認するかのように見たショウエイは、ホムラが自分に気付いた事を見てとると、身に着けた装束の裾を払ってその場にぺたりと胡坐をかいて座った。
 後頭部で一つに束ねられたショウエイの長い髪が、ホムラのそれと同じようにふわふわと浮かび上がるようになり揺れ始める。
 ショウエイは自分を落ち着けるように目を瞑り、深い呼吸を数度繰り返すと、ゆっくりと目を開いて背後のホムラに声をかけた。

「ホムラ様、よろしいですか?」

 シュウはその声にハッとする。
 先ほどのホムラと同様、ショウエイの声も祠の中で高く低く反響していた。

 春省の大臣を務める者はたった一人でもこの城の結界を操る事が可能な程に優秀な術者であり、しかも必要な時は自らの判断でそれを行ってもいいという事はシュウも知ってはいたが、こうしてそれを目にするのは初めてだった。
 緊張感で張り詰めた空気に、呼吸をする事も忘れそうになる。
 自分では窺い知ることのできない領域にある力を操る者達に対して、シュウは畏怖の念を感じると共に、尊敬にも似た思いを抱いていた。

「どうぞ」

 ホムラの声が響く。
 ショウエイはシュウにもう少しだけ後ろに下がるようにと目配せして指示を出す。
 そしてシュウが充分な距離をとった事を確認するや、人差し指と中指だけを立てて握り締めた右手をすっと前方に伸ばし、その腕に描かれた紋様を同じようにして握った左手の人差し指と中指ですぅっと撫でた。

「では、まいります」

 そう言った後、ショウエイはまっすぐに前を睨みつけるように見つめたまま、両手でおびただしい数の印を結び始めた。